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『AQUANAUT’S HOLIDAY ~隠された記録~』のサウンドが出来るまで

2008年9月25日。「アクアノートの休日」の待望の新作が発売された。
この『AQUANAUT’S HOLIDAY ~隠された記録~』という作品では、音によって海の中の魚たちとコミュニケーションをとることができるなどサウンドは非常に重要なファクターとなっている。
楽曲や効果音がどのように作れられ、誕生したか、 中でもゲーム史上初の試みである楽曲の自動生成システムについても深く掘り下げていきたいと思う。
(インタビュアー 川越康弘(株式会社ノイジークローク))

AQUANAUT’S HOLIDAY ~隠された記録~

  • PS3®『AQUANAUT’S HOLIDAY ~隠された記録~』とはどんなゲーム?
  • BGMができるまで。
  • 効果音やサウンドシステムのお話。

BGMができるまで。

----本作のBGMは坂本の作曲によるものですが、潜航中のBGMは自動生成されていると伺っています。この「インスタレーション」システムについても詳しくお聞かせください。

佐野  「元々、現代音楽の中に『サウンドインスタレーション』という概念があって、それは音楽を時間軸に沿ったものとしてだけでなく、場所や空間全体を表現しようとする発想ですが、このタイトルでも海中にサウンドを散りばめてそれを鳴らすという ことをやりたかったんですね。『音素』と呼ばれるサウンドの塊をたくさん用意して、それをただランダムに偶然性に任せて鳴らすという草案を洋一さんも了承していただき、坂本さんにも『面白そうですね』と言って頂いて。そういった流れで坂本さんに音素のオリジナルとなる曲を用意して頂いたんです」

山口  「そうでしたね」

佐野  「1曲目に坂本さんから上げて頂いたのが『静かの海』の曲で、これは一発OKだったんです。『そう、コレ、コレ!』と いった感じで。そして、2曲目の『しらべの海』・・・」

坂本  「だんだん雲行きが・・・」

佐野  「(笑)頂いた曲を聴いたときに、『坂本さん!この曲には調性もあるし、リズムもコードもはっきりしすぎている。これではインスタレーションできない』、と」

坂本  「あたしの話、ちゃんと聞いてたのか?、と(笑)」

一同  (爆笑)

佐野  「ただ、それが私の中で大きな転機でした。ジョン・ケージに代表される『偶然性の音楽』の他に、ピエール・ブーレーズに代表される『管理された偶然性』という手法もあって、このゲームでは、ある程度作曲家のコントロールが及ぶ『管理された偶然性』に近い発想でも良いのでは?と考えるようになったんですね。ゲームというエンタテインメントの中で、そういった概念を取り入れられた事は画期的だったと思います。プレイヤーはそういった概念的なものを全く意識させず、音量や定位、角度、距離などが管理されて自動生成され7.1chの環境で鳴る、という音場を実現できたのは大きかったと思います」

坂本  「このタイトルでこそ実現できたアイディアですよね。自動生成とはいえ、坂本が作ったということの意味がそこになければいけないという意識もあり、佐野さんには色々と無理を言ってしまったと思います。ところで位置情報から音密度は変わっていたりするんですか?たとえば魚群の密度が高い所では音素も多いとか」

佐野  「そこはコントロールしていなくて、曲の中での時間軸に沿った密度変化になっています。」

山口  「次はぜひそういったこともやってみたいですね。魚の動きは、マップの中で大体この辺りいる、というのは決まってるんですが、その中ではシミュレーションで勝手に動いているんですね。我々の手を離れたところで、魚同士が影響し合い、勝手に群れをなしてぐるぐる回ったりしている。なので、同じ状況は二度とできないんです。そこにプレイヤーの意図する動作、情報も入ったフィードバックが音楽に影響を与えられれば、インスタレーションとして更に面白いものになりそうですね」

坂本  「魚同士が勝手に影響し合って群れをなしている・・・って凄いですね。インスタレーションとのリンクもぜひ実現したいですね」

佐野  「初めてのエリアに入ったときには、まず坂本さんの作ったオリジナルとそのフレーズのバリエーションが流れるようになっています。二回目以降はコントロールを変えているので、入るたびに音の密度なども変わっているんですよ」

坂本  「改めて考えてみたら細部までこだわりましたよねー。佐野さん、我々はもっとこの部分をアピールしたほうがいいんじゃないですか?(笑)」

佐野  「そうですね。ただ、プレイヤーの方にはその部分は強く意識はしなくても、たまにふと立ち止まって、音が浮遊して流れていく空間にじんわり浸って感じていただければ、この上ない幸せです。」

坂本  「うーん素晴らしい、サウンドデザイナーの鏡ですね!そういえば、ネットを見ていたら、『このゲームのBGMは全部自動生成なんだぜ』って書いている人がいて・・・」

佐野  「それは・・・違います(笑)」

坂本  「じゃぁ、坂本って人、何作ったの?みたいな。あいつ 誰だよ、と(笑)」

佐野  「あはは!自動生成という言葉も難しいですね。」

山口  「自動生成、といってしまうと、全くのランダムを連想させてしまうかもしれませんね。本当に偶然性に任せたランダムにしてしまえば、それはノイズになってしまいます。ただ、そこにちょっとしたルールがあるだけで、急に変化が出てくる。偶然性のある調和、調和のある偶然性というのは、私がゲームを作る際のテーマでもあります。作曲家の坂本さんのオリジナリティを保ちつつ、インスタレーションによる偶然性も加味された音空間が出来上がる。そこに自分たちが作ったゲームがスムーズに融合しているというのはとても面白かったです」

坂本  「ただ・・・、インスタレーションで生成された音楽のほうが自分のオリジナルより良く感じる瞬間があって、その時はちょっとジェラシーですね」

一同  (笑)

----イベントパートのBGMはいかがでしたか?

坂本  「緊迫感、恐怖感などの表現は、どのような差別化をしようかと、苦心しましたね」

山口  「緊迫感といえば、『未知なる神秘』という楽曲をメインストーリーの最後にクレバスに潜って行く部分で使っているんですが、演出と曲の効果がバッチリ噛み合いましたね」

坂本  「ありがとうございます。音楽が使われる状況によってその性格も随分変わってしまいますからね」

佐野  「『深遠なる世界へ』も本作を代表する素敵で神秘的な曲ですよね」

山口  「一番最初に海に入るときにかかる曲ですね」

坂本  「そう言って頂けると嬉しいです。今回、ピアノ曲は初めに思い浮かんだイメージをそのまま形にしようと思ったので、鍵盤に向かって最初に弾いたニュアンスをそのまま曲にしています」

山口  「いいですね。とてもよく感じが出ていたと思います」

坂本  「佐野さん、山口さんとのやり取りがとてもスムーズに進んで、順調に作曲していくことが出来たのですが、中には僕が解釈を間違えてしまったものもあって・・・。『アクアライブラリ』などはその良い例なのですが、僕はこの曲はゲームの終盤で劇的に使われる曲だと勘違いしてまして、当初ハンス・ジマーの『The Rock』っぽい激しい曲を作っていたんです。それをミーティングに持っていったら、みなさん何か言い出しづらいような複雑な表情をされていて・・・(笑)」

山口  「すみません・・・結局二回くらいNG出してしまいましたね(笑)」

坂本  「いや、本当にNG頂いて良かったですよ。アクアライブラリに入るたびにあの曲がかかっていたら、きっとゴールド殿堂入りじゃなくてシルバー殿堂入りでしたよ」

一同  (笑)

----坂本さんのお母様もウクレレの演奏で参加されたと伺っていますが。

坂本  「そうなんですよ~。うちの母はハワイアンをずっと勉強してきていて『若い頃はウクレレ奏者としては日本で5本指に入ってたのよ!』なんて豪語してたんで、それなら、ということで『アクアへブン』と『エピローグ』の曲を演奏してもらいました」

山口  「お母様との共演なんて羨ましいですね!」

坂本  「でもレコーディングはハチャメチャでしたよ。大体、コントロールルームから『母さん?聞こえる?』とかって声を掛ける違和感とか想像以上ですよ。『じゃあ収録開始します』って言ったら『ごめん英城、トイレ』とか言って全然空気読めてないし。『では頭から始めていきます』って言ったら『そんな専門用語言われても』とか言われて。どこに専門用語があったのか僕もわからないという。一番困ったのは『今回、歌詞が造語なんだよ』と言ったら、『へぇー、象が歌うんだ』と真顔で返された時ですかね」

一同  (爆笑)

----『創生 母なる海』『譚詩 どこかの島で』などボーカル曲にも是非伺わせてください。

佐野  「歌詞は弊社の山口(ソニー・コンピュータエンタテインメントの山口さん。アートディンクの山口さんとは別のお方です)が作詞したのですが、さまざまな資料を元に文法から構築したんです」

山口  「感動的な曲ですよね。ボーカルの収録中も素晴らしい曲と歌詞、そして歌声をゲームに入れられるのだと、幸福感に浸っていましたよ」

坂本  「オープニング『創生母なる海』に関しては具体的なご指示を頂く前に『こういう感じかな?』というイメージを僕の方で勝手に持っていたんです。ともすればバックグラウンド化してしまう単なる環境系の音楽ではなくて、キャッチーで覚えやすいけどどこか神秘的で、それでいて個性的な楽曲を作ろうという意識は強く持っていました。ただ当初タイトル画面は静止画の予定で、にも関わらず、いきなり山口さんの元に3分半のBGMを持っていってしまって(笑)、ちょっとやりすぎちゃったかな?と思っていたんですが」

山口  「いえいえ、開発当初はタイトル画面は静止画で良いかと思っていましたから。でもこの曲を聴いて、オープニングのムービーを制作しようと思ったんですね」

坂本  「おぉ、ゲームとして良い方向に進んでくれたのだとしたら良かったです」

佐野  「曲と映像がリンクしたときは感動しましたね」

山口  「曲ありきでの映像編集でしたからね。とても楽しいコラボレーションでした」

坂本  「『創生 母なる海』は譜面上も調号が頻繁に変わっていくやや難解な曲でしたので、逆にエンディング曲『譚詩 どこかの島で』は基本的に4コード、和声もシンプルにして、ラヴェルの『ボレロ』みたいに同じフレーズでクライマックスに向けて盛り上がる曲にしよう、というのは制作前から決めていました。エンディング曲は歩いている時にメロディがふっと浮かんだんですよ。メモも持っていなかったので、それが記憶から消えてしまわないように何度も口ずさみながら急いで自宅まで戻って、歌いながらパソコンの電源入れてシーケンサー立ち上げて録音してから寝たんです。翌朝起きたときに、まだそのメロディが脳裏で鳴っていたので、よし採用!みたいな(笑)」