「勇者のくせになまいきだ。」の音楽ができるまで。(後編)

  • 前編
  • 中編
  • 後編
  • 番外編

ついに収録当日を迎えた。

収録ブースの隣は演奏家たちの待合室のようになっているのだが、
まるで病院のように「加藤さーん、収録しますので、ブースに入ってくださーい」という具合に
名前を呼ばれるのを各々が待っている。

image

緊張感は最高潮。
無理もない。スタジオワークには慣れている者もいるとはいえ、作曲を生業としている者たち。
演奏側に回ることは初体験に近いわけである。

収録は楽器数が多いこともあり、丸3日に渡って行われる。
1日目は誰々、2日目は誰々で3日目は誰々…という具合にシフトのようなものが組まれている。
今回、打楽器系はやはり難度が高いということで、はまくんの音大のお友達の
田中さん(女の子)にお願いをすることに。
僕としてはこれで不安の大部分は晴れたわけだったが、
やはり2日目のいとうのヴィブラフォンと3日目の湯川のリコーダーが心配だった。

という心配はよそに、レコーディングは終始和やかで楽しいムードで進行。
場所は平和島にあるサウンドクルースタジオさんである。
山本さんや中西さんをはじめ、関係者みなさんにもご同席頂き、アットホームで笑いの絶えない現場となった。
1日目は、とくにスケジュールに気を配る必要のある日だったのだが、予定通りの順調な進行。
はまくん演奏のピアノも、さすがにばっちり決まっていた。

image

エンジニアの河野さんも「この調子なら大丈夫でしょう。みんな頑張って練習したんですね」と 涙腺の緩む一言を言ってくださる。
徐々に緊張がほぐれ、笑顔を見せるノイジークロークの面々。
その表情からは、まるで高校球児のように一生懸命やってきた練習の成果をいかんなく発揮できたという 達成感のようなものも感じられた。

これだ。僕らが忘れかけていたもの。
一生懸命頑張って、結果を出すこと。
シンプルで美しい、仕事の基本。人生の基本だ。
まさにその渦中にいる、うちのスタッフたち。
これは彼らにとって、とんでもなく貴重な経験になったに違いない。
そう思うと、嬉しさがこみあげてきた。

音楽ってなんだろう?
それは人を感動させるものであるべき。
ゲームをより一層面白く盛り上げるものであるべき。

伝わる。きっとここで僕らが感じている熱量は、きっとユーザーの方々にも伝わるはずだ。
そう信じれた。

おっと、でも安心するのはまだ早い。

2日目。
いよいよ、いとうけいすけのヴィブラフォンの出番である。
ほとんど一夜漬けに近い状態での本番である。

しかし、そこはさすがのいとうけいすけだ。
鍵盤を弾く指がさながらマレットに置き換わったかのような流麗な演奏を連発する。
さすがにノイジークロークがほこる天才クリエイター。どんな楽器もそつなくこなす。
坂本の顔には終始笑みはなく、息を飲んで演奏に耳を傾ける。手にも力が入る。

がんばれ!あと少しだ。

いとうのレコーディングが終わったとき、スタンディングオベーションが起こった。
この短期間で、よくぞここまで弾いた。
大きな肩の荷が下りたような気持になる。ほんとよく頑張ったよ!いとちん!
抱擁を交わす僕といとうの目には涙が浮かんでいた。

他に印象的なこととしては、

  • 「ダンスミュージック専門の加藤くんが、自らのグロッケンの演奏に不満を連発。「タイミングがずれてる」。
    結局クオンタイズを掛けたような生演奏になってしまった」事件(右写真)。
  • 「優子さんがシンバルが重すぎて、収録の最中にスタンドにシンバルを置いてしまった」事件。
  • 「湯川くんにビデオカメラを渡したところ、田中さんばかり録画されていた」事件。

数々の難事件を乗り越え迎えた、いよいよ最終日の3日目。
ついに湯川のリコーダー演奏が始まった。
正直な話、僕の中では、最悪リコーダーだけ打ち込み、という可能性も検討していた。
それだけ重要な楽器であり、演奏の難易度も高かったということである。

さて早速テスト演奏。
「ぴっぴろりーぴろりろーぴろりろーりー…プスプス」
やはり緊張しているのだろうか…リハーサルよりは出来がよいものの、音の裏返りが目立った。

エンジニアの河野さんが、そんな湯川に元気を与えるべく
河野氏 「湯川さーん、朝ごはんちゃんと食べてこなかったんじゃないのー?」
というちょっとしたギャグを言うも、湯川は無視して練習を続けていた。
アシスタント氏 「あの…河野さん、トークバック、ONになってませんでした…すみません」
どうやら、湯川の耳には河野さんの景気付けの言葉は届かなかったようだ。
コントロールブースに寒い空気が走る。

しかし、そこからの湯川の集中力はすごかった。
ブースに立っていた湯川は、それまでの湯川ではなかった。
従来、レガート気味に演奏していたところを、タンギングに自ら修正することで曲にもリズムと弾みが出てきた。
カラオケボックスに通ったのは、決して無駄ではなかった。そう思えた。
3日目のこのタイミングで、もっとも演奏の顔となるリコーダーが録音されたことで
人形の目に黒い瞳が描き込まれたような、楽曲に命が吹き込まれたような気持ちになった。

頑張った。みんな本当に頑張った。
そして、収録が終わった。

今、僕は「勇者のくせになまいきだ。」をプレイしている。
ゲームとしての素晴らしさに加えて、音楽も他のどこにも存在しえないオリジナリティに溢れていると実感している。
一人一人の力の結晶が集まって、独特な一つの「勇者ワールド」を形成できたと思う。

CD&ディスクメディアになってからのゲーム音楽は次第にリアルさを増して 気がつけばフルオーケストラや歌ものなんかが当たり前になっていた。

もちろんこれは、僕らが望んでいた「進化」であることに間違いはないんだが
徐々にゲーム音楽であることの意義や、音楽に込められた心のようなものが、
割愛され削ぎ落とされてきてしまった気がしていた。

音楽は楽しい。
音楽を作るのも楽しい。
音楽を奏でるのも楽しい。
この楽しさが、ゲームのプレイを一層面白くすることを信じています。

そして改めて、こんなに貴重な経験をさせて頂いたSCEの山本さん、および
御関係者の皆様にお礼を申し上げたいと思います。
本当にありがとうございました。

(次回、「勇者のくせになまいきだ。」の音楽ができるまで。(番外編)をお楽しみに。)

中編へもどる番外編へすすむ