—— 坂本さん、この度はインタビューにご協力くださりありがとうございます。
坂本英城: いえ、とんでもないです。こちらこそよろしくお願いいたします。
—— 早速質問ですが、今回はタイトル無限回廊、坂本さんはゲーム開発のどの段階で音楽作曲を開始しましたか?
坂本英城: 一般的には、音楽の制作は企画やシナリオ、グラフィックがある程度出来あがってから始めることが多いのですが、本作「無限回廊」では、他のゲーム制作と比較してかなり早い時期から作曲に着手させて頂きました。目で見ることのできる資料が、またゲームの基本ビジュアルイメージとコンセプトだけの状態で、すでに作曲に着手をしていたと思います。
—— ゲームの視覚的デザインは画家M.C.エッシャーからの影響を大きく受けています。有名な科学者ダグラス•ホフスタッターの著書に『ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環』というのがあるのですが、そこでは絵画と音楽の構成のシンメトリー性についてが書かれています。坂本さんにお聞きしますが、一般のゲーム音楽で使用される電子音楽とは対照的にクラシック音楽のスタイルを起用する上でゲームの視覚的な方向性にあった音楽を作曲するということで、どのような作曲的アプローチがありましたか?そのプロセスについてお聞かせください。
坂本英城: そうですね・・・「無限回廊」の削ぎ落とされたシンプルでスタイリッシュな外観にマッチする音楽が何か、という点では当初非常に悩みました。
開発者のみなさんの意見を伺いつつ、結果的にクラシック風の楽曲の採用を決めましたが目から飛び込んでくる情報が、非常にシンプルなゲームですので、耳からの情報に具体性が強すぎてはいけない、という思いはありました。
そういう意味で、あらかじめ楽器の特定されているクラシカルな音楽であれば少なくとも普遍的・一般的に人々の意識に浸透しているクラシカルな楽器以外の特殊な楽器や音色を使用することは無いわけなので、その点で具体性を幾分か排除できることを期待しました。
—— 楽器構成の弦楽四重奏をお選びになったのは理由というのは?
坂本英城: これは前述の延長で、より具体性を排除した結果です。バイオリンが2本とビオラ、チェロという構成は非常にシンプルで無限回廊の世界に合うかな?という漠然とした思いがありました。
しかしながら、シンプルな楽器構成ということはつまり、音色やサウンドエフェクトなどで楽曲同士の差別化を図れないので作曲力、編曲力を大いに試されることになります。このことが、制作を進めていくにつれ少しずつ自分自身を苦しめていくのですがこの段階ではまだ「弦楽四重奏にしたらかっこいいんじゃん?」くらいにしか考えていませんでした。
—— 曲名に素数をお使いになった理由をお聞かせください。
坂本英城: 歌詞のあるメッセージ性の強い楽曲は別としまして、曲名というのは私自身、本来あまり必要のないものだと思っています。曲名はあくまで曲を識別するためのものでありながらも、それが曲の印象を決定付けてしまうことも往々にしてありますので特に無限回廊のような作品では慎重を期しました。
最初は哲学的な言葉を曲名にするアイデアも私の頭の中にはあったのですが、ある時突然、数字、それも素数にしてみてはどうだろう、面白いのではないか、というひらめきがありました。
楽曲を聞いたときの受け取り方は、人それぞれあって良いと思います。言語や文化を超越した素数という概念を曲名に用いることで極力、楽曲に先入観を持って頂いたり、付加価値を感じられたりすることのないようにしたのです。
—— 楽曲のどれをとってみても、非常に情熱的で深みのあるものばかりですが、実際のゲームプレイではいわゆるRPGのジャンルで見られる壮大なストーリーやドラマは目立ってございません。それにも関わらず、実際は音楽がゲームに素晴らしい程マッチしていると思うのですが、実際に曲を書くプロセスではその外見上のギャップによる不安のようなものはありませんでしたか?「これは合わないんじゃないか」とか。また、それが「マッチする」という確信に変わったきっかけは何でしたか。
坂本英城: マッチする確信に変わったのは、曲がゲームにアサインされてからですね。それまでは「この楽曲ならおそらく無限回廊の世界に合うだろう」という想像のようなもので制作を進めていました。
今回は主人公が戦闘をするわけでもないし、さらわれた姫を助けに行くのでもない、不幸に直面するわけでも、恋に落ちるわけでも、大声で笑うわけでもない、そのような無感情な題材に対して、音楽を制作するということは初めてでした。ですから、途中までは「おそらく」「たぶん」というように感覚的に作曲をしていました。
しかし、ゲームにおいて音楽の持つ力は計り知れないことも知っていましたので無感情で機械的な楽曲を作っても面白くないし、私が担当する意味もないと思いましたので、逆に「すべての感情もあわせ持っている」ということを表現するために、様々なアプローチを試しました。
また、クラシックとはいえ、模倣とならないよう、クラシック音楽の歴史にあまりないタイプの楽曲を作ろうという意識は強く持っておりました。
結果的には、まんべんなく感情のバリエーションが各楽曲に行きわたりクラシックとして、新しい試みにチャレンジすることができた手ごたえを感じています。弦楽四重奏という楽器構成が、楽曲が具体化しすぎないよう良い具合に歯止めをかけてくれたお陰で、音楽がうまくゲームの中に浸透できたと思います。
このような苦労がありましたので、音楽にゲームがマッチしていると仰って頂けることは私としては本当に嬉しいことです。
—— トラック「prime #3」は北薗るみ子さんの透き通るような声が印象的な曲目ですが、当初どのような意図があり声楽を入れようとお思いになったのでしょうか。
坂本英城: 「prime #3」 はPSP版無限回廊のオープニングテーマですが実は北薗さんの声楽入りのトラックはあと2曲あります。1曲は「prime #2」で、こちらはPS3版のオープニングテーマです。実はよく聞くと、PSP版とは違う曲なのです。
もう1曲は、なんとサントラにしか収録されていない「prime #9973」です。この曲は色々と訳あってゲームには収録されなかったのですが、とても情熱的で感動的な曲に仕上がっております。
ご質問に戻りますと、まずオペラは、オープニング曲を他の楽曲と明確に差別化したい、という意味で、本作のプロデューサーであるSCEの鈴木氏と相談のうえ、採用を決めました。声というものは他のどのような楽器よりも説得力を持っていますからゲームへの入り口に立っているということを、ゲームを起動するたびにプレイヤーに感じてもらうことで、同時に他の楽曲も引き立つのでは、という思いがありました。
—— ゲームをプレイする側にとっても、はっとするんですが、音楽がゲーム中ループされていないんです。これによってはっきりと始まりから終わりまで完結したという感覚が生まれるんですが、パズルによって曲が決まっているわけではないのでプレイヤーは特定の曲とパズルを関連づけることはないわけです。開発段階では曲をループをして特定の曲には特定のパズルをつけるというような実験を試みたようなことはありましたか?
坂本英城: それは開発途中、一度も試してみたことがありませんでしたね・・・。プロデューサーである鈴木氏の強い意向で、当初から楽曲をランダム再生することはほぼ決まっておりました。
パズルと楽曲を組み合わせないことは、どのパズルに対してもプレイヤーごとに異なる思いを抱いて頂いてよい、という制作側の意図の表れであると思って頂けるとよいと思います。
ゲームによっては、よりプレイヤーの意識をストーリーに惹き込むために音楽の力で悲しみや喜びや強さ、優しさなどを表現することもありますが無限回廊で大切にしたのは、プレイヤーが感じたそのままの感覚です。音楽でプレイヤーの心をコントロールすることのないよう努めました。これも、私にとっては初めての経験であり、非常に勉強になりました。
—— ノイジークローク についてお聞きしたいのですが、ゲーム音楽を専門に扱われているという事で映画やテレビ番組の音楽をやっているスタジオとの決定的な違いはなんでしょうか。また、たくさん演奏家がいらっしゃるわけですが、みなさんは実際ノイジークロークに所属しているということでしょうか?
坂本英城: ゲームサウンドは、他のメディアにはない特殊さで溢れています。たとえば、同じ曲をループ再生する、データ容量に注意しながら曲を作る、プレイヤーの任意操作で音が出る可能性がある・・・などなどです。
チェスのルールを知らない人が勝負に勝てないのと同じく、これらの特性をしっかりと把握していないと、プレイヤーの心に響くゲームサウンドは絶対に作れないのです。
ノイジークロークがゲーム音楽を専門としているのは、専門にしなければ極めることが出来ないほど、ゲーム音楽の世界は広く深いということなのです。
私たちもまだまだ日々勉強を重ねていますが、ゲームサウンドに関するスキルは少しずつ蓄積されてきたと実感しています。そのような経験や情報力がものを言うスキルと、高い音楽性を併せ持つこと、そして何より作曲家が音楽に込めた情熱や心の温度が高いほどゲームの芸術性や面白さをより高めることになると信じています。
今後のゲーム業界は、ゲーム音楽にもっとスポットを当てるべきですし私たちのような作曲家も、そうなるように努力しなければなりません。
また、ノイジークロークに所属しているスタッフは演奏家ではなく多くは作曲家です。それぞれがゲームサウンドに長けており、作曲以外にも効果音制作など一通りのゲーム音楽制作作業を行うことができます。
あと、みんないいやつです。
—— 近年のゲームの止まらない挑戦といいますか、どんどん新しいものが生まれて来ています。ゲーム音楽に関しても、新しいものが出て来ていますが、この全体の流れについてどう思われますか?
坂本英城: 新しいものが生まれるということは、それだけ多くのアイデアが生まれているということなので、とても素晴らしいことだと思います。
私たちは、ゲームでの音楽を再生する仕組みや仕掛けのようなものは、まだまだ新しいアイデアが埋もれていると思っており毎日のように頭をひねっています。
しかし音楽そのものは、あまり流行に左右されるべきではないと思っています。音楽の本質的な良さを知ることは、作曲家にとって大きなテーマであり商業主義的に音楽を作っていては、絶対に到達できないものです。
新しいものが、イコール良いものなのかどうか、それを見極めることのできる眼や耳を持つことが何より大切なことだと思います。
—— 無限回廊が過去のゲームのハード機器で同じような完成度を達成するとは考えがたいですよね。ゲーム音楽の作曲者というお立場から将来、どのようなコンセプトでの制作の取り組みが本当に素晴らしいゲーム音楽プロジェクトを成功させると思いますか?
坂本英城: 仰る通り、無限回廊を過去のゲームハードで動かすことは考えにくいことですね。
今後もゲームハードの性能は進化を続けると思われますが、その性能を存分に発揮することに意識が行き過ぎて制作者の心が宿らない作品が世に出るのは寂しいことです。
思えば同時発音数も限られていた8bitサウンドの時代には、ゲームから歌声やフルオーケストラが流れてくる時代を夢見ていました。
それが現実となった今、私たちは「次世代機ならではのクオリティの高い音楽」と「ゲーム音楽としてのオリジナリティ」というある意味相反する2つの壁に挟まれてもがいています。
プロジェクトの成功が、商業的な成功ということではなく作品としての成功というアーティスティックな意味であれば、やはり、ゲームサウンドの仕組みをしっかり把握したうえで、音楽力を磨くことが、成功のために何より必要なことでしょう。
私の目標は「映画のような素晴らしい音楽ですね」ではなく他のメディアの作品を「ゲームのような素晴らしい音楽ですね」と言わしめる時代を作ることです。
—— 坂本さん、本日は貴重なお話ありがとうございます。
坂本英城: 長々と失礼いたしました。こちらこそありがとうございました。