「勇者のくせになまいきだ。」の音楽ができるまで。(中編)

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はまくんから曲があがってきた。 どれも名曲揃いである。
さすがだなーと思って聞いていると、体感速度64分音符の超速フレーズを木琴のパートで発見。
木琴のプロならまだしも、演奏ド素人のうちのスタッフが、こんなフレーズを叩けるのか…。

坂本 「この曲のここの木琴だけど、これ速過ぎて演奏できなくね?」
はま 「たしかにそうですね。かなり難しいと思います」
坂本 「木琴だけ、プロの人に演奏してもらおっか?」
はま 「いえ、このフレーズを叩ける人間はいません」
坂本 「え?」
はま 「いえ、ですから、プロ・アマに限らず、この速度は人間には叩けない速度です」
坂本 「あれ?…えーと…みんなで合奏するっていうコンセプトだったよね、たしか」
はま 「はい、そうでした」
坂本 「でも、演奏できないくらい難しい、と」
はま 「そうです」
坂本 「…えー…じゃぁ、どうする?」
はま 「そこだけ直してみますね」
坂本 「あ、ああ…直してくれるのね…そうだよね…よろしくね…」

という具合に、順調に曲の制作も進んでいった。

はじめてのリハーサルは加藤くんが近所の公民館を借りてくれて、そこで集中的に4時間の練習。
現場にアップライトピアノはあったものの、他のすべての楽器は持参もしくは日用品で代用だ。
つまり、さすがに大太鼓は公民館にはないので、
ペットボトルを大太鼓に見立てタイミングを合わせて叩く塩梅である。

この時点で、はじめてみんなで音を合わせてみたわけなのだが…。

いいじゃない!とってもいいじゃない!

湯川くんのリコーダー以外、みんな、うまいじゃない!
湯川くんのリコーダー以外、もうそのまま収録出来ちゃいそうじゃない!
という印象だった。

湯川のリコーダーだが、確かに難易度が高い。譜面にもシャープやフラットが入り乱れ とても小学生が演奏できるような曲ではないのだ。
それに何より、リコーダーの音は目立つ。PSPで聞いたとき、一番よく聞こえる音色はおそらく このリコーダーになるであろう。そう思った僕は断腸の思いで湯川に指示を出す。

坂本 「今日から収録の日まで、仕事のあと居残り練習な」
そういったとき、湯川は今まで見たことのないような顔をしたのを覚えている。

翌日。
湯川 「仕事終わりましたので、リコーダーの練習を始めます」
坂本 「おう、がんばって」

数分後、隣の部屋から、想像以上の音量で、リコーダーの音が聞こえだす。

湯川 「ピッポコピーピロリらーぴろりらーらー ぴろりプスプスプス…」
湯川 「ピロリーローリラリラリーーララー ぴろぴろりらららプスプスプス…」
湯川 「プスプスプス…あれ?プスプスプス…おかしいな?プスプスプス…」

ここは閑静な住宅街、井の頭である。
さっそく隣の部屋に踏み込むことにする。

坂本 「だめだわ。めちゃめちゃ近所に響いてる。家で練習した方がよいかもだな」
湯川 「いや、でも、うちの方が壁薄いし、もっと丸聞こえです」
坂本 「防音工事したらどうだ?一千万円くらいでできるぞ」
湯川 「あ、いえ、あの賃貸なので…無理かと…」
坂本 「布団をかぶって練習したらどうかな?」
湯川 「そうすると譜面が見えません」
坂本 「いっそ、リコーダーを吹かないで練習できないかな」
湯川 「練習にならない…気がします」

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というわけで、湯川のカラオケボックス通いが始まった。
夕方過ぎに毎日リコーダーを持って一人で現れる客として、
湯川はそのカラオケ店でも有名な存在となった。
もちろん湯川も、ウーロン茶が部屋に届くときには、何事もなかったように
リコーダーをマイクに持ちかえるなどの芸当をわがものにしていた。

こうして、各自の練習が始まっていった。
加藤くんはグロッケンを奏で、高橋くんと裕美さんはトライアングルを来る日も来る日も叩いた。
嶋澤くんは華麗にベルを鳴らし、浅田くんはペットボトル、蛭子くんはタンバリンとともに髪を振り乱した。
優子さんはシンバルに見立て両手をクラップし、はまくんは弾きなれたピアノのタッチを再度確認した。
そして僕も、ピアニカがよだれでびしょびしょになるくらい、鍵盤の上で指を躍らせた。
残されたタイムリミットは、収録までの10日間。
10日後の演奏が、有無を言わさず大勢のユーザーの方々の耳に届くわけである。

しかし真面目な話、この練習期間が僕にとっては絶妙な長さだと思っていた。
今回の「勇者」という作品は、演奏が「上手すぎては」いけない。
かといって、「下手すぎても」いけない。
あらかじめ定められたポイントに、月面着陸でもするかのような感覚。
絶妙な着地点を狙うには、丁度良い練習期間かもなぁなんて思ったりもしていた。

収録前日。
最後のリハーサルを、実際に収録で使う楽器で行う。
ここで初めて、本物の大太鼓に触れた浅田。「やっぱりでっけー」
やはり練習の甲斐あって、音がまとまってきていた。
これはいける。ゲーム史上類を見ない凄い音楽が誕生する!そう思った。

しかし、突如、言い知れぬ不安に襲われる。
何か…大事なことを忘れていないだろうか。
なんだ?この心の奥底の淀みの正体はいったい…?

その不安は、ヴィブラフォンを担当するいとうけいすけが、仕事が忙しく
ほとんど練習に参加できていないというのっぴきならない状況に起因していた。

ヴィブラフォンは、リコーダーに勝るとも劣らず、難易度が高いと思われた。
にも関わらず、いとうは収録前日のリハーサルがもう終わろうかという夜に姿を現し
そこで初めてヴィブラフォンに触れたのである。

いとう 「おーすげー、ヴィブラフォンって、スイッチで羽がくるくる回るんですねーあはは、あははは!」

大丈夫なのか?!ヴィブラフォン!
大丈夫なのか?!いとうけいすけ!
(つづく)

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