ノイジークローク代表取締役 坂本英城 の日記です。
「無限回廊」レコーディング時の私。
緊張感のあるレコーディングでした。必死にギャグを言ったけど誰も笑ってくれなかった。
「無限回廊」作曲時の私。
すみません、育ちが良いもんで、高貴なオーラがどうしても出ちゃうんですよね。

セガ庄司英徳さんを坂本自宅に呼んでのバーチャファイター対決!!
…と、意気込んでいた私ですが、正確には、「バーチャファイター講義」になりました。
私のウルフが庄司さんの影丸にやられ放題。アキラに殴られ放題。ラウに場外運ばれ放題。
ジェフリーに床に叩きつけられ放題。リオンに「イーン!」と言われ放題。
庄司さんをして「坂本さんのウルフはバーチャ2の時と同じ動き」と言わしめた私のウルフ。
だって、ボディスラムの出し方わかんないし。ヒザが当たっても相手浮かないし(←っていう発想が2)。
次こそリベンジを…!
と思っていたら。
ちなみに庄司さんはこれがきっかけでバーチャ熱が再燃したらしくソフトとコントローラー一式を購入した模様。
もうこれ以上練習しなくて良いっすよ…庄司さん…。



カプコンさんにご招待を頂きまして「モンスターハンター・オーケストラコンサート」を堪能してきました。
モンハンの音楽は、初代PS2の時から、ゲームをプレイしてすぐにサントラを買ってしまったくらい
本当に好きなんです。昨年のプレイステーションアワードでも、バイオリンとピアノという小編成で
テーマ曲を聴かせて頂き大いに感動したのですが、やはりフルオケとなるとその迫力やすさまじく
ずっと鳥肌立ってしまっていました。
上の写真はコンサートのあとの会食会の模様です。
左から、作編曲の甲田雅人さん、岡田信弥さん、鈴木幸太さんという錚々たる顔ぶれがずらりでした。
二次会のカラオケではカプコンさんのサウンドの方々がずらり!でした。みなさん、歌上手すぎ!!
やばいですよ!このレベルは!思わず「お金払いますっ!」って言いそうでした。
音楽って、かかわった人たちみんなを幸せな気持ちにしてくれますよね。音楽万歳!!




『奥様は奥多摩がだ~いすき! 第一回ノイジークローク課外授業 うっかりポロリ編』
…と称して、ほぼすべてのスタッフ、そして仲の良い人たちと奥多摩へバーベキューをしに行ってきた!
ただ坂本といとうが極度の雨男のため、懸念されていた天気は、予想通りの雨に。
全員がびしょぬれになりました。本当に申し訳ありませんでした。ここにお詫びします。
本心を言うと、私のせいではないと思います。
なので本当はお詫びの気持ちはこれっぽっちもありませんけどね!
目の前に綺麗な渓流があって、釣った魚が食べられるんですね。
加藤くんがどんどん魚を釣り上げて加勢。
漫画みたいに大きなゴミを釣っちゃうなんていうひとコマもあり
「さすが『生きる笑い神』加藤くん」との声が上がります。





少し遅れていとうくんがやって来たのだが、常に雨雲と移動しているとも言われる彼が来た途端に雨は最高潮に。
川も増水を始め、「きゃー!」「やばいぞこれは!!」とかの、みんなの叫び声が辺りにこだまします。
みんなで逃げるようにバーベキュー場をあとにしました。
帰り道、縦にずらずらと並んで走っていた車も、気が付いたらばらばらになってて、
「はぐれたけど、ま、いいか」みたいな。
あれから何日か過ぎましたが、誰からも「またやりたい」というような連絡はありません。
先日のことだが、私の自宅のリビングに来ていたスタッフの加藤、いとう、浅田と話していると、
なんと突然3人が本気で怒りだした。
加藤「ちょっと…なんでもかんでも自分の意見が通ると思わないでくださいよ」
いとう「こっちにだって都合があるんだからなぁ…おい、サ・カ・モ・ト」
坂本「な…いつも「坂本さん」って言うのに、なんで呼び捨てに…」
浅田「俺らの間じゃなぁ、いつだって呼び捨てなんだよ。坂本のバカ社長ってなぁ!」
一同「(大笑)」
そして笑いながら、坂本に掴みかかる3人。
坂本「やめろ!やめてくれ!」
あっという間にパンツ一枚にされ、縄でぐるぐる巻きにされてしまった。
一同「あーっはっはっは!どうだよ、俺らの飼い犬になった気分は?あぁ?」
坂本「やめろ!こんなことして、おまえら、あとでどうなるかわかってるんだろうなぁ?」
いとう「おっと、これはこれは…またこの期に及んで大口を叩かれるとは大層なお方だ」
加藤「自分がどれだけ恥ずかしい目に遭っているのか、まだ気が付いておられないようだなぁ」
浅田「パシャっパシャっ(写真を撮る音)」
坂本「お…おい、その写真をどうするつもりだ!」
加藤「決まってるだろ。エンターブレインに流すのさ。一ヶ月後のファミ通が楽しみだぜ」
いとう「クロスレビューでいったい何点が付くかな?あーっはっはっは!」
坂本「やめてくれ!俺のファミ通の初出がこんなあられもない格好の写真だなんて!」
浅田「そりゃぁ!!」
浅田の掛け声とともに、天井に吊し上げられる幼気な私の身体。
坂本「ぎゃぁあああああ!!」 ぎしぎしと音を立てる縄。
加藤「あーっはっは!どうだ!身体に縄が食い込んで痛いだろう?」
いとう「俺らにいつも無理な仕事をさせている罰だぜ!いい気味だ!」
浅田「パシャっパシャっ」
坂本「やめ…やめろぅ!!」
??「待て!!お遊びはそこまでだ!!」
一同「…だ、誰だ!そこにいるのは!」
暗闇から突如現れるEXILEの面々。
いとう「な…なんで坂本さんの家の居間にEXILEが…」
加藤「最近メンバーが14人に増えたからじゃないのか?!」
浅田「パシャっパシャっ」
EXILE「坂本を離せ。離さないと…とんでもないことになるぞ」
いとう「そ、そんな脅しに屈するような男じゃねえよ俺らは!」
EXILE「ふっ…馬鹿なヤツらめ。黙って言うことを聞いていれば良いものを。くらえ!」
『Ti Amo』のイントロが流れ出す。踊り始めるEXILEのメンバーたち。
加藤「おおっ…EXILEの生の歌とダンスがこんなに近くで見られるなんて…」
いとう「かっこいい…まるで夢みたいだぜぇ…!」
浅田「パシャっパシャっ」
音楽に合わせてEXILEと一緒に歌い踊っているスタッフ3人、
その後ろで何も出来ない宙吊りの坂本という状況だ。
坂本「くそっ…全身を縛られてるから、手拍子がうまくできないぜ!
俺の可愛いバッキャローども、いい加減縄をほどきやがれ!」
その言葉が、ついにスタッフたちの心の南京錠をかちりと開ける。
いとう「可愛い…だと?」
加藤「ここまでされて、まだ俺らのことを可愛いと言うのか?」
浅田「こ…これが本当の愛…思いやり…。そして助け合い…ノイジークロークという名の固い絆…!」
一同「さ…坂本さーん!!」 駆け寄ってくるスタッフ3人とEXILE14人の合計17人…。
坂本「フッ…おまえら…。そういうところ嫌いじゃないぜ」
っていうところで目が覚めました。
背中の後ろ手になった状態で寝てて、自分でもびっくりした。
それにしてもなんでEXILEが…。
よくわからないけど、ありがとう!EXILE!!助かったよ!EXILE!!

僕自身がずっと楽しみにしていた飲み会がついに実現しました。
なんと「勇者のくせになまいきだ。」「428 ~封鎖された渋谷で~」「ポケモン不思議のダンジョン」の
制作の中心的メンバーが集結!というとんでもない飲み会!
共通項といえばノイジークロークが音楽を制作させて頂いている、ということだけなので、
ほとんどの方々同士が初対面という会になりました。
シリーズ各作ふくめ、この人たちが作った作品だけで合計で何個殿堂入りしてるんだろ?
なんて思ってみたり。
横のつながりというのは良いものですね。
特にこの3作はジャンルもプラットフォームも異なるわけなのでお話を聞いてるだけで楽しかった。
写真は飲み会終了の時に撮影したものです。他にもたくさんいらしたのですが一部で集まって撮影です。
左から、「勇者」のプロデューサーの山本さん、ディレクターの大橋さん、デザイナーの小林陽明くん、
私こと坂本、「428」の監督イシイジロウさん、そして「勇者」プランナーの宮崎さん。
面白い作品を作る方達との語らいは、これまた例外なく面白いものなのですな。
是非また開催しましょうね~。
SCE「Playstation C.A.M.P!」さんのお花見にお誘い頂いたので参加してきました。
みなさん、本当にいつもお世話になってます!
無限回廊の鈴木Pが来られなかったのが残念ではありますが、あらためて、みなさんの
作品作りへの熱量は半端無いことを再確認しましたですね。
このお花見でもしっかり自作のパーティゲームが用意されていて(それも紙とペンだけで
出来るもの)大いに盛り上がりました。
僕らの仕事は「楽しい」が日常じゃなきゃいけないってことを改めて感じました。
「楽しむ心」があるから「楽しませる仕掛け」を考えることが出来るわけですよね。

ツェナワークスさんのお花見にお呼ばれして行ってきましたよー。後藤さん、いつもありがとうございます!
川野さんの作った美味しい豚汁に舌鼓を打ちつつ、
なんとスーパースイープの細江慎治さんと佐宗綾子さんを発見!
ずっとずっとお会いしたいなぁ~と思ってたんだけど、なかなか機会がなかったので、
チャンスをくださったツェナさんに感謝です。
往年のナムコサウンドを聞いて大人になった私としては、まさに神様みたいな人なんで
桜の下で大興奮じゃーー!

kagrra,のギタリスト、楓弥くんが自宅に遊びに来てくれた。
酒と鍋をつつきながら、ひたすらゲームをするというインドアな一日を過ごしました。
特に、龍が如く3の「キャバつく」で、ひたすら好みのキャバ嬢を作るということに二人で熱中。
それにしても楓弥くん、ほんとにイイヤツなんですよ。
6月6日に東京国際フォーラムで彼のライブがあるので、絶対行こっと。

みなさん、「龍が如く3」は進んでますでしょうか?
売れ行き順調ということで嬉しい限りです!内容も間違いなくシリーズ最高傑作かと。
今回、坂本が作編曲を担当したパートで「カラオケ」という仕様がありまして。
ゲーム内で「カラオケ館」に入ると、遥とかキャバ嬢とかとカラオケが歌えてしまうわけなんですな。
つまりこんな感じです。
大変だったけど作ってて楽しかったですよー。
是非まだ「カラオケ館」に行ってない人行ってみて!神室町と琉球街(初町)の両方にあるんで。
写真は「きっとChange myself」レコーディング直後の、遥役の釘宮さんと坂本とのツーショット。です。

ずっとお会いしたかったにもかかわらず、なかなか切っ掛けがなくて時間ばかりが過ぎ去ってたんだけど
ついに光田康典さんとお会いできました!
こんなに事務所同士が近いのに(恐らく徒歩圏内)、なかなか機会に恵まれずお会い出来なかったところ
チュンソフト沖邊さん(愛称:みさっきー)の紹介でついに実現!
それにしても、光田さん、良い人だぁ~。(*´ー`)
数々の名作に携わられて、業界を代表する音楽家にもかかわらず尊大なところがまったくなくて
かっこいい方でした。途中、音楽話や経営の話もさせて頂いたけど、とても刺激的で面白かった。
年齢も同じ年の生まれだし、何かと話題も合うと思うので、ずっと仲良くしたいなぁ。
写真は2月27日。そう、「龍が如く3」発売日の翌日である。
セガの庄司英徳さんと「どんな風になっているかゲーム販売店を回ってみよう」
ということで新宿に繰り出すことに。
左上、新宿東口駅前大看板の前でのツーショットは坂本的にはチョー貴重な写真です。
庄司さんは言うまでも無く「龍が如く」シリーズにおける音楽の世界観を構築した方で、 中心人物である。
「3」でもバトル曲を中心にたくさんの楽曲を提供されている。
庄司さんいわく、「3」のご自身のサウンドは一点の曇りも妥協もない最高の仕上がりになったとのことである。
私もいま夢中でゲームをプレイしているところだが、音楽も含め間違いなくシリーズ最高傑作だと思う。
何軒かの家電量販店をぐるぐる回ったが、どこも「龍が如く3」一色!
パシャパシャと何枚も店の写真を撮ったりして、周囲の人からは
濃ゆい龍が如くファンだと思われていたに違いない。
改めて、制作者にもとことん愛されている作品だなぁと実感。「龍が如く3」。
一通りお店を回ったあとは、2人で居酒屋へ。
制作時の大変だったこととか楽しかったこととか、色んなお話が出来ました。
やっぱり、あのボリュームとクオリティの作品を毎年リリースすることの過酷さたるや筆舌に尽くしがたい。
制作に携わられた方々、本当にお疲れ様でした!
それにしても庄司さんはビール党だけど、酒強いな~。羨ましいし格好いい。
「市販の打楽器音源ライブラリではもう、俺らを満足させることはできない…」というふれこみで、
いとうくんの提案でありとあらゆる打楽器類を叩きまくりの録りまくりを決行してみた。
場所は高円寺にある「プロフェッショナル・パーカッション」さん。
世界中のありとあらゆる打楽器が勢揃いしていて、見ているだけでも楽しいんだけど、
スタジオも併設されていて、機材を持ち込めば基本的に音は録り放題である。
いやー、打楽器演奏経験者の川越くんが居て助かるわー。
いとうくんは「ベロシティレイヤーのめっちゃ細かいコンガやボンゴ、ジャンベ音色パッチを作る!」
と意気込んでいたが、そういった細かい作業が苦手な私は、その辺はいとうくんに任せて
フレーズライブラリを大量に収録しておくことにした。
言いたい放題の坂本といとうくん。
言われるがまま嫌な顔一つせず叩き続ける川越くん。
センスの問われるフレーズ関連もそつな叩きこなしていたのは流石。
夜22時開始で、朝9時までのスタジオパック。まるで高校時代のバンド練を思い出すわけだが
11時間もあるし余裕だぜ、とかいいながら途中近所のラーメン屋でみそラーメンを食いつつ
最近ノイジークロークで流行っている推理系ドラマの犯人や犯行動機を無責任に言い合う3人。
なんて余裕をぶっこいてたら、あっという間に5時!!「あれ?録り終わらなく無い?」
川越くんの体力と手の皮勝負だったんだけど、痛いのを耐えて頑張ってくれた。
時間ぎりぎりで収録終了。
うーん、音楽制作って大変だなぁと改めて実感。
それにしても世の中には変わったパーカッションがごまんとありますなぁ。
叩くという基本的動作で音が出る楽器は世界中で発明されているわけだし、
当然といえば当然なんだけど。
久しぶりの充実した徹夜。

仲良くさせて頂いているツェナワークス様のお誘いでネットTVに出演させて頂きました。
しかも生放送!なんで生なの?緊張するじゃな~い?
どういうわけか「秘宝館特集」だったし。
それにしても熱海とニューヨークの秘宝館の温度差はスゴイ。
クラウザーと根岸崇一くらいの差はあると思う。
ちなみに「熱海秘宝館を語らせるとわりと結構しゃべれる可能性が無くは無いほう」と言われる私ではあるが
どういうわけか、愛車のカーナビ履歴から「熱海秘宝館」を消せずに困っている。
あ行なので、いつも最上段に燦然と表示されてしまうのである。結構恥ずかしい。
というわけで、お時間のあるときに私が出演させて頂いた映像をご覧になってください。
わりと真面目な話もしてるよ。

今年の抱負は、「子供からも笑いが取れること」である。

年末ということもあって、過去の書類を整理していたら、いとうけいすけくんが以前
寄せてくれた貴重な手記を偶然にも見つけたのだ。
これはノイジークローク黎明期の貴重な資料である。
と同時に、私といとうは当時からまったく成長していないことがわかる恐ろしい資料である。
2005年10月19日
【 いとうから坂本さんへ 】
去年の春頃だったでしょうか。
まだ会社員だった僕が初めて坂本さんにお会いする機会がありました。
食事をしながら色々な話をするうちに
坂本さんが放つ高い志に胸を打たれ
ようやく付いていくべき人を見付けた、と
僕は即座に会社を飛び出て坂本さんの会社の門を叩きました。
最初は当然仕事など任せてもらえず
坂本さん直々の基礎教育が続きました。
お客様とは迅速・誠実かつ「楽しく」お仕事をするのが俺のポリシーだと
坂本さんはいつも言っていました。
「君はメールの書き方が全然なっとらんな」
まずはビジネスメールの書き方を教わりました。
何往復かのやり取りの末、僕のメールは以下のように訂正されました。
「お疲れ様です」→「おつかれちゃ~ん!」
「こんばんは」→「コンバンバーン!!!」
ある日、突然坂本さんの家に呼び出されました。
今後の仕事のためにとても有用なライブDVDがあるので
是非君も見ておくと良い、と言うのです。
大至急バイクを飛ばして駆け付けました。
フォークダンスDE成子坂のDVDでした。
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2005年10月20日
この頃の僕はただひたすら必死でした。
「わんだらーん!」
「あひゅん!」
と坂本さんから不可思議なメールが来るので毎日頭を抱えていました。
調べてみると、どうやらこれは坂本さんの好きな
漫画のフレーズのようでした。
僕は即座にそのギャグ漫画を買い揃えて一生懸命ギャグを勉強し
メールに引用しては却下される日々が続きました。
ある時、「おはようございます」を「おはようございますか?」と
疑問系でメールを送ったときに初めて好印象を与えたらしく
「クリスタル!君に僕の曲のアレンジをさせてあげよう」
初めて頂いた仕事でしたので真剣に取り組みました。
坂本さんのラフスケッチをオーケストラアレンジするというものでした。
初めての仕事として作った作品に対する坂本さんのコメントはこうでした。
「ボケに対するツッコミが甘い」
意味が分かりませんでした。
壮絶な討議の結果、すごい事が判明しました。
どうやら坂本さんは「主旋律と対旋律」を
「ボケとツッコミ」と表現していたのです。
「君もまだまだだな。もっと勉強したまえ」
M-1グランプリとみうらじゅんのDVDを貸してくれました。
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2005年10月21日
こうしていくつかの仕事をしていく過程で僕もそれなりに成長してきました。
ようやく坂本さんからもそこそこの評価を頂けるようになりました。
少しずつお仕事も頂けるようになり、充実した日々を送っていました。
この頃は僕の書くメールも洗練されてきて
「ポーツマス!ポーツマス!夢あるね~」と軽快に飛ばしていました。
ただ、アイヌ民族音楽に関するメールのやり取りをしていた時に
坂本さんが「アイヌ」を「愛濡」と表記するのに少し抵抗がありました。
だんだんと会社も忙しくなってきて
坂本さんからのメールからギャグが消えました。
この頃は僕も大きなタイトルを任せてもらえるようになり
忙しくて事務的なメールのやり取りが続く日々でした。
タイトルの開発が終了して、坂本さんと祝杯を上げたとき
坂本さんが僕に向かって深々と頭を下げました。
「最近はギャグが少なくなっていた。すまなかった」
この時坂本さんの器の大きさを再認識しました。
そして長丁場の制作終了記念ということで
坂本さんからプレゼントを頂きました。
「君はやれる子だ。期待しているよ」
笑い飯と千鳥のDVDでした。
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2005年10月22日
つい最近のことです。
坂本さんから緊急招集を受けたので
バイクをカッ飛ばして坂本さんの家に向かいました。
インターフォンを押すと、ドアが開いて
可愛いぬいぐるみで顔を隠した坂本さんが現れました。
「やあっ!さかプンだよっ!」
絶句して立ち尽くしていると坂本さんからお叱りの言葉が。
「リアクションはどうした。今まで俺の何を見ていたんだ」
期待に答えられない自分をただただ恥じ入りながら
居間に通されて座って待っていると
テーブルの向かいに坂本さんが座りました。
「今から俺がすることを、よく見ていて欲しい」
トランプマジックが始まりました。
持ちネタが終わると座はお開きとなり
僕はそのまま自宅に帰りました。
お笑いブームは終わった…。
次はマジックブームだ…。
僕は後悔してないです。
毎日楽しい生活を送っています。
本当にありがとうございました。

坂本の自宅にてホームパーティを開催しました!
それにしてもメンバーが凄いよ。左からFFシリーズのサウンドドライバ&マニュピレートをされた赤尾実さん。
FFシリーズの効果音チーフの中村栄治さん。FF10や忌火起草&428の音響を手がけられた嶺川千春さん。
忌火起草の監督やかまいたちの夜の音楽を担当された中嶋康二郎さん。ポケモン不思議のダンジョンの
サウンドディレクターを担当された沖邊美佐紀さん(子供達は除く)。そしてノイジークロークの面々。
みんなご家族で大集合!これは貴重な写真ですよ!ああそうですよ!自慢ですよ!自慢ですが何か?
ゲーム音楽好きなら呼吸困難必至のメンバーですよ!
そもそも集まったのは「ツイスター」ゲーム(あの身体が重なっちゃうちょっと恥ずかしいヤツ)をやろう!
という理由だったはずなのに、普通にみんなでお酒を飲んで気付いたらぐでんぐでんになってて、
「ツイスター」はすっかりお預けに。
とりあえずピクトチャットDSで盛り上がろうということで、みんなでゲームを始めたのですが、
嶺川さんの描く絵だけが、何を書いている絵なのかわからないと、全員からのブーイング。
大丈夫ですよ、嶺川さん!ゴッホやピカソも最初は理解されなかったんですから!安心してください!
それにしてもリトルビッグプラネットのスケボーステージだけでこれだけ楽しめるとは…。
やっぱゲームって凄いよ!
何を書いてるのかさっぱりわからないと思うけど、あえて説明しないで書き逃げしよっと。

TGS(東京ゲームショウ)2008。
セガさんのブースでは「428 ~封鎖された渋谷で~」(2008年12月4日発売予定)と
「龍が如く3」(2009年春発売予定)を2枚看板として大々的にアピールしてくださっていた。
この2作品は、実はどちらもノイジークロークで音楽を制作させて頂いている。
そして、前回の日記でも書かせて頂いた通り、ともに日本ゲーム大賞フューチャー賞を受賞している。
私も開発に携わるものとして、立場的には僭越ではあるが、共に自信を持ってお送りできる素晴らしい作品である。
また、SCEさんのブースでひときわ異彩を放っていたタイトルはご存知「勇者のくせになまいきだor2」。
まったく新しいジャンルとテイストでユーザーはもちろんのこと、ゲーム開発者の度肝を抜いたのは記憶に新しい。
音楽もこの作品でしか為しえない「小学生の楽器で演奏の素人が合奏」という
良い意味での「やりたい放題」とも言える試みが実現した。
上記作品以外にも、たくさんのノイジークローク担当作品が出展された。
こういう話をするのは時期尚早かもしれないが、
たくさんの人に支えられて、やっとここまで来れた。
長かった。
僕はゲームサウンドクリエイターとしては珍しく、どこのメーカーにも所属したことがない。
フリーで仕事を始め、なんとなく屋号を「ノイジークローク」としたのが2000年。
そんなわけだから、大作にも関わったことがないし、ゲーム業界に知り合いなんてほとんど居なかった。
「坂本英城?誰それ?」「別に坂本さんに頼まなくても、いつも頼んでるところあるから結構」
当たり前だが、最初はどこに行ってもそういう反応であった。
仕事を始めた頃は、作曲してもお金が出れば良い方で、出ても1曲数千円とかそんな仕事をしながら
頑張って貯金をして機材を買った。
買った機材は大事に大事に使った。
その頃の機材は僕の恩人なので今でも捨てることができない。
しかしそれでも、自分の作る音楽には自信を持っていた。
よく自信過剰だとか言う人がいるけど、自分の作品を自分で認められないで誰が認めてくれるんだ、と思う。
まず必要なのは、その愛すべき自分の作品を世に知らしめるための仕組みを作り出すこと。
実績の無いフリーの音楽家にとって、それはとんでもなく大変なことであった。
会社形態でなければメーカーと契約できないと考え、
ノイジークロークを法人化したのが2004年。
当初はさいたま市でマンションを借り、6畳1間に1人で作業をしていた。
そんなとき、加藤、いとう、浅田、湯川、はま、須永、というメンバーと知り合いになる。
素晴らしい才能と出会うとき、僕は必ず鳥肌が立つのだが、
鳥肌が立つような才能としか仕事をしない、そこは絶対妥協しない、と決めていた。
まさに運命的な出会い。
プランクトンみたいな小さい会社で、全然有名な作品なんかにも関わっていないのに、
みんな一言も不満を言わずに、僕と一緒に頑張ってきてくれた。
そしてそれが僕の元気の源でもあった。責任も感じていた。
だけど、仕事は無くても「笑う門には福来たる」を地でいくような、
笑いの絶えない会社であった。それは今も変わらない。
そういう中で、心無い人たちもいた。傷付いたこともたくさんあった。
知名度が無いというだけで、嫌な目にたくさん会ってきた。
だから僕は今でも、知名度だけに頼ろうとする作品や、無意味なタイアップは大嫌いだ。
その人が、どんなものを作るのかがオファーの時にもっとも重要視されるべきだ。
だから、ノイジークロークからの依頼先は、知名度などまったく関係なしに、作品や人柄だけを見ている。
っていうか、それが当たり前なのだ。
仮に自分の名前が有名になったとして、中身を伴わず名前の価値だけで仕事をするようになっては、
もはやそれは音楽家なんかではなくて、金儲けのうまい人、ということになる。
金で繋がった縁なんて心が通ってないから、吹けば飛んでしまうような脆い関係である。
そんな中に身を置きたいと思う人は、音楽家なんていう効率の悪い仕事なんかしていないだろう。
逆に、まったく知名度もないのに、とっても親身に作品や僕の話に耳を傾けてくれる人もいた。
気が付けば、今お仕事をさせて頂いている方々は、その時の方々ばっかりだ。本当に感謝してる。
そんな方々だから、やっぱり素晴らしい作品を作るのだ。
話がそれてしまった。TGSの話でしたね。
会社を設立して最初のTGSは、僕にとっては呑気にゲームを眺めてなど居られない、まさに戦場だった。
ゲーム業界の頭脳が集結するこの場で、少しでもノイジークロークの名前を知って欲しかった。
(その時の様子は 2005年9月16日の日記を参照。)
今考えれば、皆さん忙しいのに営業なんかされて迷惑だったろうなぁ。
あまり苦労話は好きではないのだが、僕はくじけそうなとき、
よく藤子先生の「まんが道」を読んだ。
どんなに認められなくても、不器用でも、目指す方向や目的が明確で、熱い情熱を持ち、
絶対に諦めなければ、夢というものは叶うように出来ている。ということを教えられたのだ。
先日、赤塚不二夫さんが亡くなり、特番にも登場したトキワ荘。
年下の石ノ森章太郎さんは若くして連載を抱えているのに、自分は石ノ森さんの手伝いをするのが精一杯。
でも赤塚さんは、諦めなかった。
自分を信じた。自分を信じてくれる人を愛した。
だから今がある。
ご本人が亡くなっても、僕たちの記憶にいる赤塚先生と作品達はきらきらと輝いている。
そして改めて思ったことは「人間、好きなことを生業にできればこれほど幸せなことはない」ということだった。
僕は今、幸せである。
だが自分やノイジークロークという組織にはまだ満足出来ていない。
TGSで自分たちの制作した作品が多くの人に知られるという機会は、
フリーで叩き上げられてきた自分にとっては、ようやく立つことのできたスタートラインだ。
ここからが勝負。
ノイジークロークにしか出来ないことがいっぱいあるはずだ。
これからも関わる人たちとハッピーになりながら、全力疾走していきます。
まずは、いつもお世話になっているみなさん、本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
・・・。
読み返してみたけど、長っ。
かっこ付けすぎで、きもっ。
日本ゲーム大賞2008が発表され、ノイジークロークがサウンドを制作したタイトルとしては
下記の4作品が優秀賞を受賞しました。
■優秀賞(年間作品部門)
・ポケモン不思議のダンジョン
時の探検隊・闇の探検隊
・龍が如く 見参!
この2つの作品は制作中特に大変だったことも多く、それだけに受賞の感動はひとしおです。
■フューチャー賞(フューチャー部門)
・428 ~封鎖された渋谷で~
・龍が如く3
今後発売されるタイトルでは上の2作品がフューチャー賞を受賞しました。
ご関係者の皆様、そしてうちのスタッフ達、本当にありがとうございました&おめでとうございます!
海外のサイト「siliconera」様で、「龍が如く2」のサウンドを制作した
セガの庄司さんと僕のインタビューが掲載されました。
英語の読める方、是非ご覧になってください。
Yakuza 2 Music Interview - Hidenori Shoji and Hideki Sakamoto
そうそう、「龍が如く2」は海外名「Yakuza2」なんですね。
近くノイジークロークサイトでも和訳版を掲載しますので、そちらも合わせてよろしくお願いします。ぺこり。
どうやら僕のお尻は、相当綺麗らしい。
たしかに自分で触ってみてもとてもすべすべしていて、それでいて程よく冷たくて、気持ちいい。
野球選手ほど大きくなく、ジャニーズジュニアほど小ぶりでもない。
水もはじくし、それでいて日焼けローションなんかは、とろけるように馴染んでくれる魔法のお尻なのだ。
しかしこの自慢のお尻も、誰かに自慢できる場がないのが残念だ。
だからこうして、日記に書いてみるのだ。
僕のお尻に興味を持ってくれる人が増えることが、ひょっとしたら世界平和と関係があるかもしれない。
いや、ない。まったく関係ない。何言ってんだ。
とにかく僕の今の夢は、お尻綺麗ですね、と誰かに言われたとき
「そうですか?特にこれといってお手入れなんかはしてないんですけどね」
と言い放ってやることである。
最近、自分でも薄々気が付きはじめてきたのだが、僕は片付けが苦手なようなのだ。
幼い頃は両親と祖母に交互に育ててもらった(説明が長くなるので省きますが)ような環境で、
母はといえば母が子供の頃、家にお手伝いさんがいたような金持ちの家に育ち、
一方祖母の方は旦那を早く無くして、下町の四つ木でゴム工場に勤めながら
貧乏をしつつうちの親父を育て上げたわけだ。
この2人の教育方針はまったく正反対で、
たとえば母の場合は、脱いだ洗濯物は靴下・シャツ・パンツ・タオル・セーターなどのカテゴリ別に
きっちりと洗濯カゴを分け、そこに畳んで入れておけと言うのに対し、
祖母は「その辺ぶん投げときゃあとであたしが拾うから結構」という大雑把な人である。
そんなわけで、真ん中をとって「きちんと畳んで適当にぶん投げておく」クセがついて
母からは叱られ、祖母からは不思議な目で見られる羽目になったというわけである。
いや、そんな僕の恥ずかしい過去はどうでもよくて、
今この日記を書きながら辺りを見回してみると、
おびただしい量のケーブルに囲まれているのに気付く。
両脇から誰かにケーブルを思い切り引っ張られたら、身体が天井まで吊し上げられそうな量である。
そういえばエスパー伊藤が以前そんなことをやっていた気がするが、それもまたどうでもいいんだが、
あと、よくないなと思うのは、神棚に色んなお寺や神社でもらったお札やらお守りが密集していることだ。
まるで日本全国の神社から「あいみつ」をとっているような状況なのだ。これもよくない。
さらに親父にもらった大事なギターの弦が全部切れていて放置されているのもよくない。
仕事用の椅子の上に、昨夜脱いだ靴下が置き去りなのもよくない。
いつ飲んだかわからない缶コーヒーの缶を捨てたら部屋からにおいが消えたってのもよくない。
さらに写真立てに自分の子供の頃の写真を飾っているのは寒い。こごえるほど寒い。これもよくない。
掃除します。
ある穏やかな日の朝、嫁が突然「キャバクラに行きたい」と言い出した。
坂本 「行ったことあるの?」
嫁 「ない」
坂本 「結構、お金掛かるし、そう簡単に行ける場所じゃないぞ?」
嫁 「そうかなぁ・・・私の女友達とか、結構みんな行ってるし」
坂本 「みんな?!」
嫁 「うん。3歳の男の子連れてったって言ってたよ」
坂本 「子供連れ?!そんなことあり得るのか?」
嫁 「うん。その子、とっても喜んでたって」
坂本 「大物になるに違いないな。その子は」
嫁 「きっと、ご飯とか、おいしいんだろうなぁ・・・」
坂本 「ご飯もののメニューなんてあんのか?」
嫁 「今まさにシーズンまっさかりだから、すっごく混んでるかもね」
坂本 「シーズンなんてあるのかよ!っていうか、なんでそんなに詳しいわけ?」
嫁 「だって本読んで研究したもん」
坂本 「勉強熱心過ぎるだろーだいたい研究本なんか出てるのか?」
嫁 「うん、さっきの3歳の子、帰ってきてから毎日その本読んでるって」
坂本 「大物っていうか、怖いわ。大人になるのを見るのが」
っていうような会話を30分くらい続けた結果、
嫁が行きたがっているのは「キャバクラ」ではなく「鎌倉」だったことに
ようやく気が付きました。
こんなこと、よくあるあるー!いぇい!いぇい!
いやー、今日も天気がいいっすねぇ!
!

いやいや、例によって3か月も間を空けてしまいました。自分の意志の弱さを痛感している坂本です。
最近はレコーディングの仕事が圧倒的に増えて、ちょくちょくスタジオに入ったり譜面書いたりしてます。
聞こえはよいのですが、ほんとに体力と精神力の戦いです。
写真は念願のスタインウェイのフルコンを演奏する私なのですが、やはりこのピアノ、神掛った音がしますなぁ。
なんといっても、マンション買えるくらいのお値段しますからね。。。
僕がピアノを弾く時、ひとつ決めていることがあって、それは裸足で弾くってことなんです。
演奏中、手も足もピアノに直接触れていたいんです。
その方が自分の気持ちとか魂みたいなものがピアノに伝わる気がするんですよね。
弦の響きが足から伝わってくるのも気持ちがよいものです。
まったく同じ理由で、車もATよりMTの方が好きです。
みなさん、もう「龍が如く 見参!」はプレイされましたか?
いやはや、こんなに面白い作品に携われて本当に嬉しく思ってます。
性格上、すべての「依頼」「掛廻」「手配帖」をクリアしないとダメなので、僕自身、少しずつ時間掛けて遊んでます。
加藤といとうはもうクリアしたらしい。すごい集中力・・・。
シリーズ通してメインで音楽を作られてるセガの庄司さんは、
今回もカッチョイイ曲をたくさん書かれてますな〜。
曲のかっこよさ、クオリティ、その他音作りの技術など、ほんと尊敬してます。
細かいところまで、もの凄く丁寧に作られてるんだよね・・・。
バトル曲はほぼ全部庄司さん。
ノイジークロークでは大体180曲前後制作しました。気が付けばもの凄い数の曲を作ってた。
まず、ムービーの音楽。
プリレンダやリアルタイムムービーを含めて、動画の数がかなりあるんだけど、
1個たりとも同じ曲を使っているシーンはないのです(注意してプレイしてるとわかる)。
それぞれの動画につき、その動画専用の楽曲を作っています。これって凄いことなんですよ。
ここまでやってるゲームってあまりない。
他にミニゲーム。「流鏑馬」「滝修行」「スイカ斬り」「千両役者」「お座敷遊び」ほか全般。
バトルは「吉岡清十郎戦」の楽曲を、遊郭では「あざみ屋」「夢路屋」の楽曲を制作。
ほかマップ移動時の楽曲も制作してます。
つまり何が言いたいのかと言うと、サントラ出てるから買ってねってことなんです。
『龍が如く 見参!』オリジナルサウンドトラック
3月19日発売の「無限回廊」の坂本インタビューが公式サイトに掲載されました。こちらです。
よろしければご覧になってください〜。
っていうかどの写真も笑ってますね僕。カメラ向けられると笑っちゃうんだよね。なんで?
最近よく目にするんだけど、たとえば自分ではピアノをメインモチーフをぱらりらと弾いただけで
残りの大部分の作曲やアレンジなんかを完全に人任せにしているのに
あたかも全部自分で作ったみたいな紛らわしい表記をしている作曲家が増えたな。
それって、結局ネームバリューで商売してるってだけのことじゃん。
影武者の人は本当に可哀そうだよ。だっていくら頑張っても名前が世に出ないんだからね。
忙しいのかもしれないけどさ、いくら大御所になっても、作品作りを面倒臭がらないでほしい。
そして、一緒に作った人がいるのなら、しっかりとその人の名前も目立つように出してあげてほしい。
間違っても、ユーザーがだまされるようなことがあってはならない。
ここをしっかりしないと、温泉や消費期限の偽装問題となんら変わらないぜ。
"「勇者のくせになまいきだ。」の音楽ができるまで。"と題して全4回に渡って書いたブログが
想像をはるかに超えるアクセスを頂き、反響の大きさにびっくりしました。
作品を愛してくださっているみなさん、本当にありがとうございます!
ただこの日記形式だと、僕が日記を書くごとにどんどん下にスクロールしていってしまうので、
特設ページを作りました。こちらです。
このページからは、該当の日記は削除しました。
ゲームのサウンドクリエイターを目指す方々にとっては非常に貴重な資料かもしれませんね。
ただここまで突き抜けた作り方は滅多にないことですが。w
ということで、今後ともよろしくお願いいたします。
みんながみんな「よい」というものは、じつは「よくない」ものであることが、かなりある。
流行に左右されないようにしたいものですね。
皆様、昨年は大変お世話になりました。今年もよろしくお願いします!
いやー2008年ですよ!みなさん!平成も20年ですよ。平成生まれのハタチがずらりですよ!
はい、「だからどうした」…とか言うな!そこ!
僕はといえば正月にモチを食べ過ぎて4キロも太りました。
4キロ太って、一年かけて3キロやせてという文字通り365歩のマーチ的速度でじわりじわりと
体重が増えていきます。やめて体脂肪さん!僕から夢や希望を奪わないで!
しかしながら昨年は「おっぱっぴー」に始まり「何言ってんのかわかんないです」に終わった一年でしたが
ノイジークロークも7本のファミ通殿堂入りソフトのサウンド制作に携わることができてとても充実してました。
一時期はショップの棚のあちこちにうちがかかわったソフトが!って時期もあったし。
それだけにもちろん大変なことも多々あって、今年はその反省を生かした活動をしていくつもりです。
特に昨年の春から夏にかけては何しろ忙しすぎて、スタッフの挙動がどんどんおかしくなっていってたし。
今年はもうちょっとゆとりを持ちたいと。
歯を食いしばりながら必死についてきてくれたスタッフのみんな、本当にありがとうでした。
相変わらず不定期の日記ですが、なんだか楽しみにしておられる方も多くいらっしゃるということなので
なるべく少なくとも週一のペースで書いていきたいなと思います。
ではでは、今年もよろしくお願いします。
坂本といとうで作曲した「ポケモン不思議のダンジョン 時の探検隊&闇の探検隊」のBGMが
お陰様でひじょーに高評価。
買ってくれたみなさん、ありがとう!
チュンソフトのみなさんと、わいわいがやがや、
楽しく制作してきた結果生まれた入魂の数十曲は
発売後一週間でおよそ60万人の手に渡り、いまもまだ凄い勢いで売れている模様。
今作のBGMを作るにあたり
・良いメロディを作ろう!
・オンリーワンになろう!
・子供たちが口ずさめるようにしよう!
・大人の方や音の専門家にも褒められたい!
っていう目標を掲げたんだけど、ひじょーに達成できた気がするので、大満足です。
その中でも今回の曲のメインコンセプトは、僕としては、とにかくメロディだった。
自分たちが作った曲を、ゲームを遊んでくれた子供たちが学校で口ずさんでくれたりして
「あー!それポケダンのテーマ曲じゃん!」とか「そのダンジョン難しかったよねー」とかって
会話してくれるのが、僕がこの世界を目指した時からの夢だった。
その子供たちが何年後か大人になって、同じように曲を口ずさんでくれて
「それ時&闇の探検隊の曲だよね?!なつかしーねー!」とか言い合ってくれるのもまた、夢だった。
僕らが子供の頃に、ドラクエやFFやスーマリやゼルダやイースやグラディウスなどでやったように。
ゲーム音楽って素晴らしい。
ゲーム音楽って最高。
とはいえ、前作から引き継ぐことになった素晴らしい曲たちと肩を並べることや、
錚々たる制作陣の中に身を置かせて頂いたことに、時に冷静に考えてみて身震いしたり・・・(^^;)。
ご関係者の皆さん、素晴らしい作品に携わらせて頂き本当にありがとうございました!
まだプレイしていない人はプレイしてみてね。
ストーリーも最高!絶対におすすめです!(宣伝とかじゃなく、心から!w)
仕事で初めて福岡に行ってみた(移動プランの相談に乗ってくれたロワゾの中山さん、ありがとう!)。
博多〜天神〜警固をうろうろして、彼に教えてもらった店で食す。 うんまーい!
街全体を包む海の香りと航空機の轟きがなんともよし。
旅すがら、いろいろな人との出会いがあり、心洗われ気味。
想像以上に、方言らしきものは感じられなかったな。事前に博多華丸・大吉を研究する必要はなかったようだ。
それで思い出したのだが、児玉清さんは一週間に平均三冊は小説を読破するらしい。
最近しっかりと読書をしていないなぁ…って、福岡の話じゃなくなってるじゃん。はい、結構。
考えられへーん!!
日記を書くのを4か月も怠ったら、キム兄の物真似も飛び出すというものだ。
これはもう、日記を超越した、なんていうか、いや、やっぱり、しょせん日記だ。すみませんでした。
言い訳しよう。
忙しかったんです、ってそんな言い訳あるかよ。すみませんでした。
話を戻そう。
僕が日記をサボっている間に、いろんなことがあった。
まず、会社が有限から株式に組織変更されて、住所も埼玉県さいたま市から東京都三鷹市へと移転した。
三鷹市!カッコイイ!!
吉祥寺まで車で10分くらいで行けるし、うちのスタッフの大部分がこのあたりに住んでいるからとても便利。
普通の一戸建てを借りて会社として使わせてもらっているんだけど、以前の事務所が6畳に3人で仕事をしていたのに比べれば、今は14畳に4人だから各段に広くなったな。
特に音楽を作るような仕事をするには、いわゆる会社然とした環境に身を置くのは実はあまり良いことがなくて、僕はいつもフツーの家っぽい、アットホームな雰囲気を目指してるんだよね。物作りにはそれが一番。
だから初めて来るお客さんは大抵びっくりするけどね。想像と違う、って言ってね。
面白かったのは、以前中学生が社会科見学でうちの会社に来たことがあったんだけど、約束の時間に来なくて遅いなーと思ってたら、なんどもうちの会社の前の道を通り過ぎてたんだよね。
まさかここ、会社じゃないよな、みたいな。
しかも1日に2つの会社の見学がノルマだったみたいで、うちの会社の次がインテル社だって言ってた。
1日に天と地の両極の会社を見れるなんて、この、幸せもの!
あぁ、そうさ!これでも株式会社さ!何が悪い!
結局支離滅裂な内容になっちゃったけど、要するに今年は激動の年です。がんばります。
なんで2月は28日までしか無いんだー!と叫びたくなる月末進行のさなか、
なんと今私は3月5日に開催される「東京オリンピック招致委員会NPO法人発足パーティ」のオープニングテーマ曲を作っております。
石原都知事はもちろん、森元内閣総理大臣など錚々たる来賓の方々が列席され、マスコミの方も多く来られるであろうこの会合に
私の拙作オーケストラが流れることの素晴らしさ!
「ゲーム専門なのに、ゲームの仕事じゃないじゃないですか」という声が聞こえてきそうだが、ま、たまにはいいじゃん。
パーティの模様は5日の夜のニュース番組などで報道されるハズです。曲は流れないと思いますが、ご興味のある方は是非。
最近、久しく心のこもった音楽を聞いていない気がする。
いわゆる商業音楽にはまったく興味がないし、逆に難解で自己満足的な音楽も聞いていてまったく心地良くない。
つまり、頭を使って一生懸命作った曲ってのは、結局良い曲にならない場合が多い。
それは心がこもっていないからだ。
音楽にはヘリクツは要らない。作曲家が思うところを素直に音にすべきなんだ。
そうして初めて曲に作曲家の個性が宿るのであって、個性は無理繰り作り出すものではない。
みんな考えすぎだ。
音楽はもっと自由であっていい。
肩の力を抜いて真っ白な気持ちで向かった楽器からは、この世に一つの、自分だけの音が出るはずだ。
だからこそ、
作曲家の曲にこめた思いが、空気を伝ってリスナーの心へと届き、そこに感動が生まれるわけなのだ。
それが音楽の基本。表現の基本。
「ダサイ」とか「ベタ」とか「かっこ悪い」とか上っ面のことはさておいといて、その前に自分の心のイメージを音にする技術を伸ばしましょう。あとは心を磨けば、作る曲もぴかぴか光りだすと思うんだけど、どうかな。
いや、ほら、イケメンって意外とハンデだと思いますよ。
だって例えばバッティングセンターに行って全然バットに当たらなかったら「イケメンのくせに、ダサッ」みたいな話になるわけですよ。きっと。
運動会ならリレーの選手に選ばれないといけないし、花粉症じゃダメだし、馬を乗りこなせないといけないし、外人と一緒にスケボーしないといけないし、
ラップで噛んじゃいけないし、汗が綺麗に見えなきゃいけないし、ミニチュアダックスを飼っていなきゃいけないし、要するにイケメンは結果として
物凄いカッコイイか物凄いダサイかの、どっちかの道を歩まなければならないわけですよね。
いやー実に面倒くさい!イケメンに生まれて良いことってあんまり無い気がしませんか?だってイケメンって理由だけで寄ってくる女性も正直どうかと
思いますよーやっぱり人間の魅力は外見ではなく内面なんですよねー!ほんとにもう、そう思いませんか?みなさん?
あーすっきりした。仕事しよ。
気が付いたら、新年でした。
いやいやいやー、みなさん、明けましておめでとうございます!
今年も色々とやったりますよー。次世代機も出揃いましたし、サウンドでどんなことが出来るのか今からワクワクします。
うちが担当したソフトだと「シャイニング・フォース イクサ」が「龍が如く2」に続いてプラチナ殿堂入りを果たし、今年も幸先のよいスタートとなりました。
ではでは月並みですが、本年も何卒よろしくお願い致します。
去る2日、ゲーマーと思しき高校生や子供に頼まれて買いに来たお父さんお母さんにまぎれて近所のゲームショップに並ぶこと1時間。
目の前で売り切れたPS3を思い出し若干不安でしたが、難なくゲット!!
というわけで、Wiiがうちの会社にやってきた。
とりあえずリモコン計4個を揃え、ロンチタイトルの「スーパーモンキーボール」「はじめてのWii」「WiiSports」「おどるメイドインワリオ」「ゼルダ」を購入。
いやね、実際にプレイしてみるまでは、あのリモコンが私みたいなおじさんに受け入れられるのか心配だったけど・・・。
想像してた以上に操作性が良い!!
「スーパーモンキーボール」では感覚通りにボールが転がる転がる!
「WiiSports」ではテニスしてる感じ出てる!ゴルフの打った感じやボーリングのカーブの係り具合とか、いいじゃない!(リモコンからの音声は効果大)
「ワリオ」もWiiリモコンの特性を存分にゲームに生かしていて、面白い!
と、正直ここまでは想像できたワケだ。だって、任天堂さんが本気で作ったハードだもんね。
で、問題は「ゼルダ」。
面白いのだ。とっても。
他のタイトルがWiiリモコンの特性を駆使して作っているのに対して「ゼルダ」はゲームとして面白いプラスアルファとして“Wiiリモコン使えばもっと楽しいよ!”というスタンスだと感じた。
いやー、この点が本当によく出来てる。つまりゲームのヘビーユーザーもしっかりフォローできているんですね。それがWii版「ゼルダ」。
12月2日はゲーム新時代の幕開けとなるでしょう。
先日、うちの会社に2人の中学生がやってきた。
なんでも学校の授業の一環で、自分の興味のある職種を調査するような課外研究授業があるらしいんですね。
いやー、この2人の瞳の綺麗なことといったら。
私は思い出しました。自分が中学生の頃を。
ドラクエやFFやマリオやゼビウスやイースやゼルダなどにはまっていたあの頃を。
4歳からクラシックピアノを習っていて「ツェルニー?ブルグミュラー?そんなもん弾いててもつまらーん!」
とか偉そうなこと言って全部投げちゃってた私に、ドンピシャのタイミングで訪れたファミコンブームの波。
特にゲーム音楽を誰に聞かせるのでもなく自分流にアレンジして弾くのが好きだった。
なんだかそのまま大人になって、それを仕事にしてる自分がいる。
今でもすぎやまさんや植松さんや古代さんの後ろを必死に追いかけている自分がいる。
中学生の来訪から数日後、御礼の手紙が届いた。
そこには「ノイジークロークのファンです」とか書かれていて、それで気付いたのだ。
“もしかして…いつのまにか私達は、子供達に夢を与える「側」にいるのでは?”
今まで夢ばっかり追っていて、気が付かなかったけど、
私達のゲーム音楽に影響を受けてくれている子供達が居るということがとても嬉しかった。
同時に、子供達の期待を裏切らない作品を作らなくてはいけないな、と強く思った。
そして、改めてこの仕事の素晴らしさみたいなものを実感できたという、ちょっと良い話。
皆さん、どうやって曲を作りますか?
私はピアノをガンガン弾きまくって良い感じのメロやフレーズが生まれるのを待つ…が多いですかね。
ただこの作り方だといわゆるピアノ曲になっちゃうので、曲調によって楽器を変えてみたりはします。
うちのスタッフに聞いてみたりもしたけど、結局のところ、
・楽器弾きまくり派
・シーケンサにマウスでちくちく書いていく派
・自分の得意な楽器で音階を取ってから、キーボードで打ち込む派
・ゆっくり慎重なステップ入力派
・鬼のような速度で数値みたいなのを打ち込んでいく派(<最近見ない)
…のどれかだとは思う。それにしても時代は変わったな。今や作曲に従事する人の90%はパソコンで曲を作っているというし。
いくら演奏が上手くでも、それだけでは食えない時代。逆に言えばそれだけ粗製濫造の時代ってことだよね。
おっと、話が逸れたぞ。
問題はオケ(オーケストラの意)を作るときどうするかってことだ。
私はやはりピアノで全体の構成を作ってから(もちろんこの時同時に和音も弾く)、オケの楽器に音を割り振っていくことが
多いのだけれど、最近何もガイドとなる音が無い状態から、直接オケの楽器音を紡いでいく方が良い音楽が生まれるのかも?
と思ったりしている。これはつまり譜面を書いていくような作業になるわけだ。
現在この方法でオケ曲を作曲中。完成したらSampleページに載せるので聞いてみてください。
果たしてどんな曲が生まれるか…。
そういえば以前、作曲の方法についての菅野よう子さんの記事を見たことがある。
作曲の時、楽器の前に座ることはまず無いとのことだ。
恐るべし。
ゲーム音楽家って、ミュージシャンとは違うんでしょうか。
ゲーム音楽家って、アーティストとは違うんでしょうか。
うーん、確かに何となくイコールで結べない違和感みたいなものが…。
なんでだろ?と考えたわけです。
じゃぁ、ミュージシャンって何?アーティストって何?
ゲーム業界以外の音楽家 =凄い人・雲の上の存在・かっこいい・サイン欲しい
ゲーム業界の音楽家 =会社員・すぐ隣の存在・かっこよくない・サインいらない
そんなイメージないですか?
むむむむ?何かおかしくない?
うちだって、音楽のクオリティじゃ「アーティスト」に負けてないぜ?
…と思いつつも、私は悟ったのです。
「自分が良いと信じる音楽を作れていたらそれでいいじゃん」ってね。
「カラオケで歌いやすい曲がウケるから、そういう曲作って」とかいう発注の意味がわからないし。
売れた曲を研究して売れる曲を作る。「売れた」か「売れなかった」かの結果がその後のすべてを決める。売れればもてはやされるし、売れなければ容赦なくポイ捨てされる。
アーティストと呼ぶべきはどっちだ?
もちろん他の業界が全部そうだってわけじゃないですが、私は商売商売してないゲーム音楽ってものが、やっぱ好きなんですね。
金儲けするなら、ゲーム音楽制作会社の社長なんてやってないで、とっくに他のことやってますよ。
おしまい。
22日の日、東京ゲームショウ2006にメインのスタッフ全員で足を運びました。
ビジネスデイだというのに大盛況です!でも去年よりは若干空いていたかな〜と思ったら入場者数はむしろ今年の方が多かったみたいですね。
いよいよ次世代機がお目見えとあって足を運ばれた方も多かったのかもしれません。
ノイジークロークがサウンドを担当した作品ではセガさんの「龍が如く2」「シャイニング・フォース イクサ」「スーパーモンキーボール ウキウキパーティー大集合」、バンダイナムコゲームズさんの「ゼーガペイン NOT」ほか色々ありました。
いずれも多くの方々が集まっていて、ゲームへの期待度の高さがうかがえました。
どうでも良いことなんですが、さっきテレビで「HEY!HEY!HEY!」が幕張メッセから生放送されてましたが、ゲームショウの撤収ってあっという間なんですね。ちょっと驚き。
手前味噌なのを承知で言うと、ノイジークロークの今のメインスタッフたちはほんとに天才揃いなんです。
YMO時代の坂本龍一さんが細野さんと幸宏さんに、「これ以上の天才は二度と揃わない」というようなことを昔言ってましたがまさに同じ心境です。
大袈裟だなぁ〜という声が聞こえてきそうですが、別にスタッフに媚を売っているわけじゃなく、ましてや遠まわしの営業トークというわけではなおなく、ほんとにそう思うんだから仕方が無いのです。
制作する作品の質やオリジナリティ。妥協しない姿勢やより良いものへの探究心。人間性。納期感覚。チームワーク。素早さ。的確さ。どれをとっても天下一品。
お互いのライバル心が良い刺激となって、非常に好循環な状態です。よくぞこれだけの才能が集まったものだと、冷静に考えると鳥肌が立ちます。
僕としては間違っても、この先スタッフをいっぱい増やして会社を馬鹿でかくしてやるー!とは考えてません。
なぜなら、僕だったらそんな大所帯のサウンド制作会社に仕事を依頼したくないからです。
スタッフの人数を増やせば増やすほど、作品の品質は保てなくなっていきます。社内の意思疎通も希薄になっていきます。
つまり、いわゆるヒエラルキーの形をした会社組織は、職人的な物作りには向かないのです。
社長とか役職とか上下関係とかくだらない肩書きはとっぱらって、自由な環境で気兼ねなく制作できないといけないのです。
そして恐れ多くも社長という立場の僕は、スタッフが頑張った時にはそれに見合った報酬を差し上げ、スタッフがミスを犯した時にはしっかりと叱るのです。
スタッフが多くなりすぎたら、そういう判断もどんどん公正さを失っていくのです。
そういう意味では、ノイジークロークのスタッフになることは、少しずつ狭き門になってきているかもしれないです。
作品を送って下さった方々、本当にありがとうございます。手が空きましたら、少しずつ僕の方で送って頂いた作品を確認させて頂きます。
もの凄い数の応募を頂いているのでなかなか確認できていませんが、光るものを感じた方にはご連絡させて頂きます。
現行ノイジークロークのメインスタッフの才覚を見抜いた目と耳には、我ながら自信がありますので。
僕達のお客さんにあたる人は、もちろん仕事を下さるゲームパブリッシャーやゲームディベロッパーの方々なのだけれども、本当のお客さんはその向こうにいる、ゲームをプレイする人だってことを忘れちゃいけないと思うんです。
いかに「お仕事を下さる人」に気に入ってもらえるか、を一番に考えて仕事をしていると大抵うまくいかないんです。
いかに「ゲームを買って下さる人」に気に入ってもらえるか、が一番大事。
なぜなら、そうでなければ物作りという仕事に携わっている意味がまったく無いからです。
そして、そうした姿勢が結果的に「お仕事を下さる人」にも評価されるのです。
少なくとも僕はそう信じています。
物を作って夢を売る僕らの仕事に、こだわりが無くなったら何が残りますか?
2ヶ月も間が空いてしまいました。結構な人数の方々がこの日記を読んで下さっているようなのですが
まったくご期待に添えてなく申し訳ありませんでした。
いやーそれにしても忙しい2ヶ月間でありました。まだ申し上げられないのですが、今年は大きな
作品に何本も携わらせて頂いていて、非常に充実してます。
そんな折、お取引先のTさんからご紹介頂いたニュースが面白かったのでご紹介します。
ゲームサウンドクリエイターなら一度は経験したであろう事柄の数々!あるあるあるー!
言いたくても言えなかったあんなことやこんなこと!
- ゲームサウンド制作現場からの「生の声」 -
うちのスタッフでも、
「私が今まで体験した「困りんぐオーダー」は
・テンポ3ms上げてよ
・「ボーナス」って台詞作ってよ(FM音源)
・無音作ってよ(作る必要ない)
です。」
と言ってる人がいました。僕にも今までたくさん「???」な発注を頂いて困ったことはあるのですが・・・。
でもその少なき情報から、相手の求めている音の像を提案できる引き出しを僕らはたくさん
持っていなければいけないし、それが僕らの仕事なんですよね。
もちろん、出来ないことは出来ないって言わなければいけないし。
要はもっとも大切なのはコミュニケーション!
と、思いましたとさ。
FF-XIIを骨の髄までしゃぶりつくした私は、また色々なゲームを始めています。
「大神」「テイルズ・オブ・ジ・アビス」「バルキリープロファイル2」「少年ヤンガスと不思議のダンジョン」
「Newスーパーマリオブラザーズ」「ウィニングイレブン10」…。
どれもこだわりぬかれた良作です。どれも作者の本気度が伝わる作品。
だってプレイして素直に面白いもんなぁ。
こういう作品をプレイしているとテンションやモチベーションがあがりますね。
自分の想定しうる範囲の技術とか、自分の想定しうる範囲の考えを持っている人とか
そういった中に居ることは自分の意見も通りやすいし、他の人が一目置いてくれたりして
とても居心地が良いところもあるんだけど、人は自分よりもスゲエと思える人と常に接していないと
成長できないんじゃないかと思うんです。
どんなことでも良いけど、良いものを作ろうって頑張ってると、
必ず同じように良い作品作りへの意識が強い人が近寄って来て「一緒にやろうぜ」ってなるんです。
逆に意識が低いと、いつしか自分も含めた周りが意識の低い集団になって、集団ごと坂道を転がり落ちていく。
だからその集団のトップに立つ人の考えっていうのは、とても重要なんです。
ゲームをプレイすると、その向こうにいる作者の作品への姿勢が見えてくる瞬間があります。
その無言のキャッチボールが、私はたまらなく好きなんです。
何枚かの紙を綺麗に束ねて左上の隅をホッチキスで留めようとカシャッ!と挟んだ時、
実はホッチキスの中に芯がもう無くて、スカってしまう時の不快感を今日久々に味わった。
かなり狙いを定めてから挟むわけなので、その集中力分のキックバックとして被る心身へのダメージは計り知れない。
とまぁ、そんなことはどうでもよいのだが、ホッチキスの芯をケースから出したときに
「この芯、いつ買ったものだっけ?」と思ったのだ。
思い出せないほど昔に買ったものなのだが、ホッチキスの芯って長持ちするわぁ、と思う。
私が思うに、あの小さな箱に芯を詰め込みすぎなのである。私のような業種の人間が1000本の
芯の入ったあの箱を使い切るのに一体何年かかるというのだろう。そもそもほとんどがデータの
やり取りで、紙として扱うことが少なくなっているこの時代に、である。
似たような話で、私が今でも使っている「接点復活剤」は私が小学生の時にラジコンを
組み立てるために購入したものだ、という話がある。
これも、私の業種ではそうそう接点を復活させる必要が無いにもかかわらず、
一缶のキャパシティがデカイためにこのようなことになっている。
しかしこれらの物の働きと比較すると、価格はかなり安価だと言わざるを得ないだろう。
だからこれらはきっと、コストパフォーマンスの高い商品ということになるに違いない。
ちなみに「うちの主人はハイコストパフォーマンスなんですの」という言い回しは誤りなので
注意が必要だ。
「どこよりも安く!早く!作曲します!」っていうキャッチコピーをたまに見かける。
このコピーに惹かれてしまうようなお客様とは、うちは仕事はしない。
良質の作品を作るには、それなりの技術を要する。そういった技術は一朝一夕に身につけられるものではなく
何年も何十年も掛けてようやく体得できるものだ。それだけの技術を持ってして、さらに1曲を作るのに時間を掛けて、
何度も磨き上げるように「音」を紡いでいく。
これが本来の音楽制作なのであり、良い作品が「安く、早く」出来るわけがないのだ。
なので、ノイジークロークが一緒にお仕事をさせて頂いている人たちは、サウンドを初め、作品作りに
こだわりを持っている人ばかりで、妥協を許さない。
そしてそれが、私たちのモチベーションとなっている。
サウンドに限らず、物作りはいかに作品に心が込められるかである。
大量生産で得たお金より、作品に込めた思いがユーザーに伝わることの方が、クリエイターにとって大きな意味があるということを忘れてはならない。
とても言えない。
スタッフが忙しくしているのに、FF12のキャラが6人ともLV84だなんて口が裂けても言えるわけがない。
いやー、4〜5月はやたらと忙しかったです。
こんなに忙しかったのは会社設立以来かもしれないなぁ。
もちろん喜ばしいことなんですが、忙しさが原因で作品のクオリティが落ちるくらいなら新規の案件を
お断りするってなスタンスのノイジークロークとしてはぎりぎりのラインでした。
やっぱりこの時期はGW前&E3前のダブルイベントを控えるだけあって、例年忙しくなります。
え?何ですか?
「日記をサボっていたもっとも都合の良い言い訳ですね」・・・?
(青木さやかさん風に読んでもらえると感じが出るゾ!)
いいんです。私の人生は言い訳人生。
きっと、死ぬ間際に今までの私の言い訳が走馬灯のように巡り巡るのでしょう。
え?今の私ですか?
今の私はもちろん、次はもっとましな日記が書けることを夢見ているに決まっています。
買ったばかりの服に袖を通したら、甘くて良い香りがした。
BlueMoonさんの香り。
BlueMoonさんは、近頃は休みが取れたら行くっていうくらい本当に好きなお店なんです。
何が気に入っているのかと言うと、まず
“お店のスタッフの方々が、お店の商品をとても愛しているというところ”です。
「これは本当に良い物だから、是非お客さんにも着てもらいたい」という気持ちが伝わってきます。
だから私も、購入したあとも服に愛情がこもっているような気がして、大切にしたくなるのです。
また、ちょっとしたこだわりや気遣いに気付いて嬉しくなるところも、です。
たとえば頂くお手紙は、心のこもった文字で丁寧に手書きされていることや、
購入した服の包装紙を留めるテープがデニム地になっていたりすること。
服の調整が必要な時にもすばやく対応してくれること。
またディスプレイも非常に工夫されていて、商品を選びやすい。
適度な照明で良い雰囲気を醸しつつ、買う人が服の色合いを間違うこともない。
そして、これが一番大事なところなんですが、接客が素晴らしい。
私みたいに馴れ馴れし過ぎる客もいるけど、
中には声を掛けて欲しくないお客さんもいると思います。
声を掛けるか、掛けないか。掛けるとすればどのタイミングで声を掛けるのか、とか。
いかに素早くお客さんの趣味・好みを判断して、ツボの商品をサジェストできるか、とか。
BlueMoonさんから学ぶことは多い。
お店を出る時に言ってくださる「ありがとうございました」の言葉は、「買ってくれてありがとう」の意味以外にも
「私たちが良いと思うものを、良いと思ってくれてありがとう」っていう意味がある気がします(と、勝手に思っている)。
今度はいつ行こうかな。
味も質もまったく同じコーヒーを150円で淹れる喫茶店と1500円で淹れる喫茶店があったとしたら、
普通は150円の喫茶店に行くだろう。
しかし、あえて1500円のコーヒーを飲みに後者の喫茶店に入る人もいる。
1500円に特別なサービスを期待してのことなんだろうか。
でもいくら高くても、サービスの悪いお店はごまんとある。
ただ1500円のお店にはひとつだけ99%確実なメリットがあるのだ。
それは150円のお店に比べて、店が「空(す)いている」ということである。
静かな中、のんびりとした気持ちで味わうコーヒーは、美味しく感じられるのかもしれない。
ところで「空(す)いている」とはどういうことか。
店の立場から考えれば、例えお客さんが少なくても、150円店の1/10のお客さんが来てくれればつり合う。
ということは、お店の人の労力的・時間的余裕が生まれるということである。
だから、1500円のコーヒー店は150円のコーヒー店よりサービスが良いと一般的に考えられているし、
客の方もそれを期待しないといったら嘘になるだろう。
出張帰りに初めて乗車した新幹線のグリーン車にゆられながら、
ふとそんなことを考えている坂本は、気がついたらふかふかのシートで眠ってしまってました。
僕たちの作っているサウンドに、音楽通の人であればあるほど反応して下さる。
今の状況でいえば、メーカーに所属しておられるサウンドクリエイターの方や、
リスナーとして音楽に精通しているプロデューサー・ディレクター職の方からのオファーが多く、
こういった方々に高い評価を頂けていることをとても嬉しく思う。
このことは、僕らの目指している方向性が、僕らの望む方向にきちんと向かっていることへの証だと思っている。
これは自分たちが過信しているとかでは、決してない。プロである以上客観性を失ったら終わりだと思っているから、
完成したサウンドは必ず、多種多様なユーザーの「目線」をシミュレートして確認するようにしている。
この「目線」というライブラリをどれだけ持てるかが、サウンドクリエイターの資質を決めうるし、
こういった引き出しは職種を問わず、物を作る仕事であればかならず必要になる能力であろう。
もちろんマーケティングやアドバタイズにも同じことが言える。
うちの場合この部分の仕掛けを、たとえばSampleページで試聴可能な楽曲に仕込んである。
僕たちのように、音楽というものを追求している方々のアンテナを刺激する仕掛けである。
「音楽通の方々からのオファーが多い」という現実が
僕たちの「あぁ、よかった。やっぱりわかってくれた」という安堵につながっている。
なので、僕たちはいわゆる「ありきたりのサウンド」がどういうものかを知っておかねばならない。
普通でないものを生み出す努力は、まずこの「ありきたり」を理解するところから始めなければならない。
今のゲームサウンドには「ありきたり」のものが多すぎる。
音質が良い=良質のサウンド、ではない。結構勘違いしてるソフト、あるよ。
「ありきたり」は作れてあたりまえ。音質が良いのもあたりまえ。
そこから一歩前に踏み出し、かつクライアントの要望に沿った形に仕上げることこそが
プロのサウンドクリエイターの仕事なのだ。
明石家さんまさんがテレビで時たま口にする気になる言葉がある。
「だはは、きみ、笑いをわかってるねぇ」である。
これはさんまさんの「笑い」というものに対する真剣さを物語っている。
先日、さんまさんのお父さんが亡くなられたらしい。葬儀は親族だけでしめやかに営まれ、
師匠へも笑い混じりの報告だったということなのだが、改めてさんまさんの凄さを実感した。
お笑い芸人にとって、暗い話題やイメージは命取りである。
暗いイメージが先行してしまうと、見る人は素直に心から笑えなくなる。
同情というフィルターを通してみる笑いは、もはや真の笑いでは無くなる。
そうしたイメージを持たれることは、お笑い芸人にとって死活問題だし、
笑いへのプロ意識が高い人ほど自己のイメージには細心の注意を払うはずだ。
そう考えてみると。
さんまさんが大竹しのぶさんと離婚したあと、よくその話題を引き合いに出して
笑いを取るけど、もしかしたら一人きりの時にそっと涙しているのかもしれない。
お笑い芸人って、とても切ない職業だと思う。
人を楽しませるための職業。落胆している人に元気を与える職業。
どんなに悲しいことがあっても、自分が涙を流す前に人を笑顔にさせる職業。
こんなことを考えている僕は、お笑い芸人からするときっと迷惑な客なのだろう。
サウンド制作音源をソフトウェアに移行してから早一年。
ノイジークロークでは、利益のほとんどをサウンドクオリティアップのための設備投資へ充てていることもあって、
音楽制作環境は以前にも増して非常に充実してきました。
このサイトではうっかり機材ページを作るの忘れちゃったんで(汗)、よく使うソースだけ下に書いておきます。
----- Instrument -----
[ARTURIA] ARP 2600 V
[ARTURIA] CS-80V
[ARTURIA] minimoog V
[ARTURIA] MOOG MODULAR V2
[BEST SERVICE] Advanced Orchestra
[BEST SERVICE] Ethno World
[BEST SERVICE] Pure Drums
[EAST WEST] QUANTUM LEAP Guitar&Drums
[EAST WEST] PERCUSSIVE ADVENTURES 2
[EAST WEST] QUANTUM LEAP Symphonic Choir
[EAST WEST] QUANTUM LEAP Symphonic Orchestra Gold Edition
[EAST WEST] QUANTUM LEAP Symphonic Orchestra Gold Pro Expansion
[EAST WEST] QUANTUM LEAP RA
[EAST WEST] QUANTUM LEAP COLOSSUS
[EAST WEST] STEVE SMITH DRUMS
[EAST WEST] STORM DRUM
[EAST WEST] ULTIMATE PIANO
[EDIROL] HyperCanvas
[KIRK HUNTER] Full Solo Strings
[NATIVE INSTRUMENTS] Absynth
[NATIVE INSTRUMENTS] B4
[NATIVE INSTRUMENTS] BATTERY
[NATIVE INSTRUMENTS] Elektrik Piano
[NATIVE INSTRUMENTS] PRO-53
[NATIVE INSTRUMENTS] REAKTOR
[SONIC REALITY] WORLD TRAVELER
[SPECTRASONICS] Atmosphere
[SPECTRASONICS] HANS ZIMMER
[SPECTRASONICS] HEART OF AFRICA
[SPECTRASONICS] SYNPHONY OF VOICES
[SPECTRASONICS] TRILOGY
[STEINBERG] HALion
[MOTU] MachFive
[TOONTRACK] DRUMKIT FROM HELL
他
自分に似合わない言葉は何かと考えた。
「エロかわいい」。
これだ。素晴らしいほど似合わない。
書いていて思ったが、会社の公式ページに「エロ」とかいう文字を躍らせているのは極めて不謹慎ですね。
株主の皆様に頭があがりません…って、よく考えたらうちは有限会社だった。
それにしても我ながら「久しぶりに書いた日記がこれかよ…」という感じですねぇ。
「自分を表現してみる。」という題目で書き始めてしまったので、こんなことになってしまいました。
それでは、またです。
昨年プレイしたゲームをぼーっと思い浮かべていた。
「バイオハザード4」「塊魂」「ワンダと巨像」「ローグギャラクシー」「忍道戒」「脳トレ」「やわらかあたま塾」
「スーパーマリオカートDS」「逆転裁判 蘇る逆転」「リッジレーサー(PSP)」「グランツーリスモ4」「街」
「おいでよ どうぶつの森」「スーパーマリオスタジアム」「ポポロクロイス物語」「みんなのGOLFポータブル」
「マリオパーティ5」「ピクミン2」「モンスターハンター」・・・。
これらほとんどをクリアしている始末。
「忙しくても『時間』は作れば生まれる」を実証しましたよ〜!
何故に今頃?というタイトルもちらちら見え隠れしていますが、今や旧作となってしまった名作も改めてプレイ しなければいけないな、と思っている昨今であります。何かアイデアが隠れているかもしれないしね。
今年もいっぱいゲームをやることにしよう。
新年明けましておめでとうございます。
昨年は皆々様方に大変お世話になりました。本年も昨年以上に気合入れてまいりますので何卒よろしくお願い致します。
日記の更新もすっかり滞ってしまっておりましたが、なんとか仕事の合間を縫って書いていきたいと思います。
2006年が皆様にとって良い年でありますように。
僕が服を買うルートはいつも決まっている。
まず代官山へ。アドレスの下に車を停めてパラスパレスを見る。そのままOKURA → HIGH! STANDARD → ランチを回って渋谷45rpm →11月にオープンしたばかりのL'OISEAU BROCANTE。余力があれば吉祥寺のBluemoon・・・とここまで書けば知ってる人には服の趣味がバレバレなんですが、要するに味のある服が好きである。手間隙掛けて何度も重ね染めしたシャツとか、1枚として同じ柄のないシャツとか、作っている人のこだわりだとか服にかける愛情のようなものが感じられる服を好んで着ている。
昔代官山OKURAの店長を務めていた方とお友達なんですが、身につけているものはもちろん、生き方もとてもカッコイイ方で、家に遊びにいくといつもたくさんの物事を教えてもらう。今はアクセサリを作る仕事をされているが、いつもはニコニコした太陽みたいな人なのに、いざ仕事となると厳しい表情を崩さない。そのギャップがたまらなくカッコイイ。
彼はアクセサリを作るうえで材料となる石などの素材を世界中に買いに出かける。インドに行ったときの話をしてくれたが、貧困層と思われる一人の子供が、道端で用を足しながら蝿のたかった飯を口にかきこんでいたという。文化や価値観、法の違いと言ってしまえばそれまでだけれど、ちょっと前まで不況だ不況だと言いつつも、少なくとも流通という意味での「食」に困ることの無かった日本人からすれば大きなカルチャーショックに違いない。
恵まれた環境で暮らしている僕らは、それを逆にハンデだと思って、頑張らなければいけないと思うのだ。
ロシアの指揮者の方に音楽性を評価して頂いたことがきっかけで、来年ロシアに行くことになった。 直々に指揮を教えて下さるという。 うーん、凄いことになってきました(半分はいとうくんのお陰なんですが)。
子供の頃の指揮者のイメージは「曲にあわせて棒を振っているおじさん」くらいのものだった。今考えればとんでもない勘違いをしていたものだ。「のだめ」を引き合いに出すまでもなく、指揮者の仕事はあまりにも広範に渡っている。そのうえ音楽的知識・素養を持ち合わせていなければいけないし、リーダーシップ・カリスマ性・人間性、そして体力も求められる。あらゆるエッセンスの集合体である「指揮者」は、しかし、それだけに僕の目標であることも確かだ。
というわけで、何とか空いた時間を指揮の勉強に充てている毎日なのです。
ついに皆が知ってしまった・・・。
どうなる?今週?!
ちょっと前の話になる。13日のことだ。スタッフの湯川君が僕の誕生日パーティを企画してくれた。 誕生日パーティっていう年でも柄でもない気がするけど、言われるままに神奈川へ車を走らせる。
「着きました。ここです」 お店に到着。なんと「マジック・バー」じゃないか〜! マジック・バーとは、店員さんがみなマジシャンで、お酒をたしなみながら、目の前でクローズアップマジックを見せてくれる、マジックが旬の僕にとってはまさに夢の空間である。
めくるめくマジックの波。食事を運びつつも指先は細かく不思議なことをやってる。さすがプロのマジシャン。 そしてショータイムでは舞台の上で店長さんの手により大掛かりなマジックが演じられる。 目の前にハトが出てきたあたりで、超感動。 肉眼でハトが出てくるのを見るのは初めてだ。
これだけでも大満足だったのに、湯川君は僕を驚かせる仕掛けをいっぱい考えていて、それはたとえば、湯川君の弟とその婚約者、湯川君の奥さんの弟くんたちがパーティの途中で乱入してきてくれたことや、最後に大きなバースデーケーキが、何もないケースからポンッ!と(やっぱりマジックで)現れたりしたことなどなのだ。 そして「Happy Birthday To You」の大合唱。 あれ?こんなに「Happy Birthday To You」って良い曲だったっけ。
その時に参加してくれた皆で撮った写真を、早速会社の神棚に飾ることにする。 写真を見るたび幸せな気持ちになる。
30歳を超えて迎える誕生日は「嫌な」イベントだと思っていたけど、みんなから祝って頂いて、毎日でも誕生日を迎えたい気分です。本当にありがとうございました。
2週間も更新を怠ってしまいました! いやー忙しい毎日です。まとまった時間が10分と取れません。 温泉に浸かりたい、です。
僕は初めて自転車に乗れた日のことを覚えている。 父の手が後部席から離れても、足をつかなかった、倒れなかったことの喜び。 晴れた日の夕方だった、と思う。
「初めて○○が出来た」という“事件”が、子供の頃は毎日のように起きる。
初めて、父に将棋で勝った日。 初めて、母に書いた絵を褒められた日。
初めて、親と買い物に行くことを“嫌だな”と感じた日。
それらの日は、覚えてはいるが、決して再び経験することのできない大切な日である。 子供の頃の出来事で今も覚えていることは、これまでの人生で、繰り返し反芻してきた大切な思い出に違いない。その思い出がどれほど大切なものであるかは、その本人だけがわかっている。
大切な思い出を毎日作り出せるような大人でいたいものである。
小日向文世>和久井映見>成宮寛貴>菅野美穂>玉置浩二。 佐藤寛子>
綺麗な一方通行。
新しく、フォーマルな革靴を買ってみた。 この革靴の特徴を一言でいうなら、「よく滑る」である。 靴をひっくり返して裏底をみてみると、ツルツルしている。 履いてみると、氷の上に立っているように足元がおぼつかない。 雨が降ったらどうすりゃいいんだ。立ってすらいられないじゃないか。
私は思った。結婚式などの本番でスッ転ぶ前に、ある程度履きならして滑りにくくしておこう、と。
というわけで今日の昼飯にこの靴を履いて出かけたわけなのだが、会社の出口を出て10メートルも進まないうちに、思いっきりスッ転んで、背中から地に落ちた。
みなさん、30過ぎてなかなか「背中から地に落ちる」経験ってできないですよ。 一瞬、なぜかドラゴンボールを思い出した。ピッコロが悟空に「ワシの背中を地につけたヤツは何年ぶりじゃかのぅ」とか何とか言うシーン。
話は変わるが、一人きりで思いっきりコケるのは、とても恥ずかしい。 たまに駅とかで一人でコケて、「こんなところ…なんで…濡れてんだよ…」と小声でイイワケしてるサラリーマンなどがいるが、とても格好悪い。
そんなときは「ワシの背中を地につけたヤツは何年ぶりじゃかのぅ」がオススメである。
…なんだ?この支離滅裂な日記。
信長が今川義元を討ち破った「桶狭間の戦い」から学べることは、戦いは「頭脳・士気・時期・運」が大切だということだろう。四万の兵を率いる今川に二千の兵で挑んだ信長。1/20の兵力である。これを将棋に例えると王様一枚で平手の相手に勝ったことになる。
つまるところ、戦いは「量より質」。
会社の経営にもこの教えは役に立ちそうだ。
弊社が作曲を担当した「忍道 戒」が今日発売のファミ通で、見事ゴールド殿堂入りを果たしました! 開発に携わられたみなさん、誠におめでとうございます。 作品として相当に良い出来ですので、是非みなさん買って遊んでください。 発売日は11月10日。
で、寄生虫の卵を誤って食べちゃったらどうなんの? これって、結構多くの人が思ってることじゃないかなぁ。 BSEの時もそうだったけど、一番大切なところの情報が薄いです。
「美学」という哲学のジャンルがある。「人はなぜそれを美しいと思うのか」を研究する学問だ。
このような学問が存在するということはすなわち、ある程度共通項でくくられる人間の「趣向」というものが、果たして先天的なものなのか、経験による後天的なものなのか、いまだに結論が出ていないことを示唆している気がする。
作曲をしていると、いつも立ちはだかる問題がこれだ。 発注者から伝えられるイメージの中に「優しく穏やかな気持ちになる曲」「激しく感情をかきたてられる曲」「深い悲しみにうちひしがれる曲」などの内容が書かれているとき、確かに人間がそういう気持ちになれる曲をそれらしく作ることはできるのだが、聞き手が「どうして」そういう気持ちになるのかまではなかなか理解できずにいる。
人が音楽を聞いて起こる感情の変化は本能によるところのものなのだろうか。それとも経験によるところのものなのだろうか。
例えば「抱かれたい男性タレント」みたいなランキングで1位になるタレントさん。 この人は、もっとも多くの女性から「抱かれたい」と思われたわけである。
それは何故なのか。なんだか先天的な香りがする。人間がみな本能として持っている、ある「サンプル」と比較して、そのタレントが「似ている」からじゃないのか。
音楽療法なんてものもあるくらいだから、音楽の持つ力は計り知れないわけだが、この哲学的な議論には当面結論を期待できないだろう。
我々作り手が答えを容易に出すことは難しいが、意識したり、考えたりすることはきっと役に立つはずだ。
人はいつか死ぬわけですが、死には2種類あると思ってます。
ひとつは一般的な「肉体の死」。
もうひとつは、こちらの死の方が重要なんですが、「存在の死」です。
「存在の死」とは、その人のことを知っている人全員が「肉体の死」を迎えることです。
その人を思い出す人すらこの世からいなくなってしまう悲しい事実。
これが本当の「死」だと思ってます。
ですから、死にたくない人は、今からでも頑張って大きな功績を世の中に残すと良いですよ。
モーツァルトもジョン・レノンも、実はまだ生きているんです。
この年になって、自分にずば抜けて得意なことがないことに気付いてがっかりしてる始末。
ひとつのことを極めるってことは、かなりかっこいいことだと思うんですよ。
でも諦めませんよ。中味は秘密なんですが、実は最近自分にひとつ課題を与えたのです。
時間に追われる毎日ですが、絶対に極めてみせます。
うまくいかなければ、それは、目標に対して自分が本気じゃなかった、ということです。
本気でやればどんなことでも叶う。それが人生。成功も失敗もすべては自分次第。
何となく時間が過ぎていくような人生は、本当につまらないし、もったいない。
今日は待ちにまった「ワンダと巨像」の発売日。ソフトを予約したなんて何年ぶりだろうか。
早速プレイしてみる。
すげぇ。の一言。
どうしてこんな企画が思いつくのか…。
うーん、色々書きたいけど、まだプレイされたことのない人のために、控えます。
ただただ感じたことは、ゲームを心から愛している人たちが作ったんだろうなぁということです。
どういうわけか、先日両親とカラオケに行く機会があった。
予約リストが懐メロ的な歌で埋め尽くされている。
全然マイクが回ってこない。
一つわかったのは「100万本の薔薇をもらったヒロインは後始末に困ったのではないか」ということだけだった。
たまに金持ちを毛嫌いする人と出会う。完全にドラマの見すぎだと思う。大体にして日本のドラマは、金持ちが悪く描かれる傾向にある。「うちのお坊ちゃまをあなたみたいな薄汚い野良猫とは結婚させないざまぁす!」とか言ってる白髪の貴婦人みたいなのがよく出てくる。
あんな人、今の世の中、本当にいるんだろうか。
話を戻そう。金持ちを否定するヤツほど、何の努力もしてないヤツが多い。「金持ちはなんだかむかつく」っていう漠然とした理由を筆頭に、「フェラーリに乗る金があるなら困った人たちにお金を分けてあげればよいのに」とか大きなお世話な理由が続く。そんなこと言ってるヤツらは大体が人に助けてもらって生きてるヤツらだ。
アホか。
お金は基本的に、人を幸せにした対価として支払われるものだ。
だからお金持ちの人は、そうじゃない人の何倍も人々を幸せにしているのだ。
そしてそうできるべく努力をしているのだ。
さらにまた、お金持ちの人はたくさんの税金を支払っている。自分たちの住む国にも貢献しているというわけだ。文句を言われる筋合いは無いはずなのだ。
僕はお金持ちじゃないけど、そういう意味でお金を儲けている人を尊敬しています。
「たまらない」って言葉は「んもう、すっごく良い!」って意味と「んもう、耐えられない!」っていう、正反対の意味を同時に持っている。同じく「さっぱり」も「さっぱり売れない」と「さっぱりした性格」という異なる意味で使われる(前者は副詞、後者は形容詞だけど)。
ちなみに「愛してる」って言葉も、時に恐ろしく聞こえることがあるそうです。
最近、身の回りでダジャレを聞く機会がほとんどなくなった。
ダジャレはギャグの中でも滑る確率が高く、非常にリスキーだ。
滑るだけなら良いが、最悪、相手に怒られさえする。
ダジャレはいつの間にか、大衆、特に若い世代から嫌われてしまった。そんな今だからこそ、次なるダジャレブームに向けての準備が必要だ。言葉遊びには流行があり、流行は流転する。今でこそダジャレは冬の時代を迎え完全なまでに冷え切っているが、「モー、お腹いっぱい」とか言ってる焼肉屋の牛の絵は、なんだか良いな、と思わせる。私はこれをダジャレ世代交代・ダジャレ新時代到来の兆候と見る。
話は変わりますが「ダジャレ」って単語がフランス語っぽくてなんかカッコよくないですか?
株を買ってもらって「心外です」って言ってる社長は何を考えてるんだろう。
「お金があればなんでもできるという考え方はいかがなものか」なーんて言ってるけど。
「お金は欲しいです。でも経営権は渡したくありません。拒否権を持たれたくありません」
そんな不条理がまかり通ってたまるものか。
すぐに上場廃止して株と資本主義について勉強した方がいいと思います。
水曜日22時から日本テレビで「あいのうた」というドラマが放映されている。
素晴らしい。すごく良い。
ドラマはほとんど見ない僕ですが、何気なく見た第一話に完全に心を掴まれた。のです。
意地悪なキャラクターの出てこない脚本。
映像の色彩感覚。
斬新なカメラワーク。
菅野祐悟さんの音楽。
完璧にはまってるキャスティング。
前回のあらすじをとてもわかりやすくまとめた冒頭のアナウンス。
ドラマがまだ終わっていないのにスタッフロールが流れる斬新さ。
そして僕がいちばんこだわるのは「笑い」と「感動」のバランス。これが絶妙。
「笑い」と「感動」は実は非常に近い感覚だと思う。近いけど別の感覚。
この振り子の振り幅が大きいほど、人の心に響くと思う。
「あいのうた」は名作の予感がします。別に回し者じゃないですが、是非見てください。
それにしても子供たち、まだ小っちゃいのに演技うま。
車を運転していて思うことがある。
誰もが「自分は事故を起さない」と思ってると思うのである。
でも自分の車に、他の車が突っ込んできたら避けようがない。これは事故である。
しかし!である。
車の基本的な機能は「走る」「曲がる」「止まる」の3つだ。
電車のオートブレーキのような機能は当然ながら、無い。
ということは、「赤では必ず車は止まるものだ」「反対車線の対向車がこっちに突っ込んでくるはずがない」というドライバー同士の“信頼関係”で交通ルールは成り立っている。
会ったことも話したこともない人を信頼することで成り立っている「交通ルール」は非常に危うい、と思う。
どうせやるなら世界を狙ってみようじゃないか。ということで作った会社なんですが、お客様やスタッフとの出会いに恵まれ、少しずつ国外が射程県内に入ってきている。うちのサンプル曲がどうやらあちらこちらで高く評価されているらしく、今は言えないけれど実はとんでもないオファーが来たりしている。
今まで自分なりにこだわりを持ってやってきたし、作品をけなされてへこんだりしたこともあったけど、聞き手によって自分の個性をゆがめてはいけないというのが僕の結論だ。自分が「良い」と信じたものを、他の人にも「良い」と言ってもらえる喜びは誰もが持っているだろう。だが、作品を否定されるたびに個性を変えていては、それは個性とは呼べない。芯にゆるぎない個性があって、その上でクライアントの要望に応えるのが正しい。
今お取引させて頂いている方々は、皆ノイジークロークの作る音楽が好きだと言ってくれる。
こんな嬉しいことってないよなぁ。
そんな皆さんのためにも、さらに高みを目指して頑張ろうと思います。
「国民栄誉賞」をこれから先受賞しそうな人を予想してみよう。
まず長嶋茂雄さんは間違いないだろう。多分確定。イチローも多分確定。その次くらいに北野武さん、坂本龍一さん、武豊さん…こんな感じかな。ほりいゆうじさんとかはもらえるのかな?手塚治さんや藤子・F・不二雄さんが受賞していないのは何故だろう?…というわけで選定の基準はよくわからないけど、日本国民の多くがその人を知っていて、その人のお陰でたくさんの国民が幸せになるような人。
考えたらスゴイ。その人がそこに存在したから、多くの人が幸せになっているのである。
でもきっと目立たないけれど多くの人を幸せにしている裏方みたいな人もいっぱいいるはずだ。
たとえば画期的な治療薬を見つけて世に広めた人とか、カラオケを発明した人とか。
そういう人はもらえないのかな?
「どうしてそんなに早くメールを返せるのか」というお問合せをよく頂くんですが、これは単に仕事の優先順位の1番をメールにしているというだけのことなんです。
考えてみると、何日もメールを返さないって方が不思議。だって電話だったら忙しくても出るわけでしょ?
メールも電話だと思えば、即座に返すのが当たり前だという発想に落ち着く。
とか言いながら、打ち合わせや外出ですぐに返せない時もよくあるんですが(ごめんなさい!)。
お仕事は人と人とのつながりで成り立っていることを考えれば、メールの返信が仕事の優先度1位になってしかるべきだと思います。これはあくまで個人的意見です。
個人的には「天才」と呼ばれる人は、明らかに人知の及ばぬ才能を発揮した人物、わかりやすく言えば世界に大きな影響を及ぼした人物をさす言葉だと思っている。たとえばアインシュタインやエジソン、バッハやデカルトなどである。それが最近では「天才」の敷居が低くなり、野球のイチローや将棋の羽生さん、マジシャンの前田知洋さんなども天才と呼ばれ、ヘタをすると近所の得体の知れないオッサンが子供たちに天才と呼ばれていたりする。
もちろん凡人と比べればとてつもない才能を持ち、それを世にわかる形でアピールし、人々を幸せな気持ちにする人たちは卓越した技能の持ち主といえるけれども、果たして天才なのかどうか。
つまり僕が言いたいのは、時として「天才」という呼び名は失礼にあたるってことである。
上に挙げた方々は、想像も付かないような血のにじむような努力をして元来持っていた才能を存分に開花させた人たちであり、決して「天」から軽々しく与えられただけの才能の持ち主ではない。つまり天才ではなく努力家と呼ぶのが正しい。天才というのは生まれて初めてバットを持った年に200本安打を記録するような人である。
あまりにあちこちで「天才」という言葉が聞かれるようになると、「天才」の価値がどんどん下がるような気がしちゃうんですよね。
ちなみに「愛してる」とかっていう言葉も、たくさん使うとインフレ化します。
昨日の祝日は「体育の日」ですよね?
近年、気が付くと祝日が増えていたり移動していたり消えてなくなっていたり、よくわからなくなってます。
休日平日関係なく仕事をしてしまっている職業病だと思われます。
忙しくて睡眠がとれず、案の定風邪をひきました。相変わらずわかりやすい身体してます。
とりあえず今日は力を温存して、明日から驀進しようと思ってます。
「風邪をひかない」ってのもとても重要な仕事ですよね。反省してます!
幽霊などいるはずがない、と言う人がいるけれど、根拠が曖昧だ。
僕たちが身の回りのことを知るための手段は「見る」「聞く」「嗅ぐ」「味わう」「触る」の5つだけなのだ。
この5つだけで、どうして自分の「外側」を完全に理解できよう。
現に僕たちは見間違えたり、聞き間違えたりする。
人は不確かなものの中で生きているんです。
社長はお客様をまず第一に考えなければいけない。
社長は自己を主張するよりも、人の話を聞く耳を持たなければならない。
社長は人より常に腰を低くしていなければいけない。
社長は一通りのビジネスマナーを身につけていなければならない。
社長は到来したチャンスを是が非でも物にしなければならない。
社長は一度お仕事をさせて頂いたお客様から、また仕事を頂けるように努力しなければいけない。
社長はスピードと正確さを兼ね揃えていなければならない。
社長はミスを犯したときはすぐに飛んで行って誠意をもって謝意を伝えなければいけない。
しかし時に社長は
相手が大事なお客様だからこそ、無理な物事ははっきり断る。
相手が大事なお客様だからこそ、仕事のことをすっかり忘れて心から楽しく談笑する。
相手が大事なお客様だからこそ、自分の部下を守り抜く。
相手が大事なお客様だからこそ、人と人の温かなつながりを忘れない。
仕事の基本は「いかに多くの人に幸せを与えられるか」である。
人は幸福に対価を支払う。
お客様に期待以上の満足を与えられなければ、それは仕事とは呼べない。
そして同業他社を知り尽くせ。敵と同じことをするな。かつ敵を上回れ。
ターゲットとなる客層に、最も効果的な方法とタイミングで自分の会社を知らしめろ。
アンテナを高く張り、時代の変化に柔軟に対応してゆけ。
息子・娘に跡を継がせるな。
自分が会社の顔だという自覚と自信を持つべきだ。
お客様は常に社長を見ている。オフィスの入り口にも、送られてくるDMにも、社員の笑顔にも。
そこに本当の社長がいる。社長自身が取り繕ってみても、オフィスの入り口が汚れていたり、DMの宛名が一文字間違えていたり、社員が暗い顔をしていたら、社長の資質が問われてしかるべきだ。
自分に正直に生きることが、気がつけばお客様の役に立っている。
まだまだ道のりは険しいけれど、そういう人間でありたいと思う。
社長は自分を過信してはいけない。
社長は部下の誰よりも額に汗して働かなければならない。
社長は自分を社長として部下にあがめさせてはいけない。
もっといえば、社長は部下に自分を「社長」と呼ばせてはいけない。
社長は常に部下の笑顔をやりがいとし、自分も笑顔でいなければいけない。
社長は明確な行き先をもって部下を導かねばならない。
社長は目先の売り上げや利益よりも、まず仕事の質や部下のモチベーションを上げなければいけない。
社長は叱ることで部下から好かれるようでなければいけない。
社長はどんなときでも冷静でなければならない。
そして時に
社長は客観的公平さをもって部下を激しく叱責する。
社長は客観的公平さをもって部下に最大の賛辞を送る。
社長は部下のために時には命を賭け身体を張る。
社長は大いに笑い、大いに泣く。
社長は大変だ。大変だけど、多くの人を幸せにできる「権利」を手にしている。
また多くの人を不幸にしてはいけない「義務」もある。
スタッフは駒ではなく宝だ。そして仕事はスタッフを元気にするガソリンだ。
宝が駒になるのもガソリンが単なる水になるのも、社長の力量次第である。
自分が嬉しかったことを人にしてあげる。
自分が嫌だと思ったことを人にはしないようにする。
人は鏡だ。そこには自分が映っていると思え。
そして自分の姿を社会で探す。
自分の居場所を正確にフォーカスする。
その位置以上のことも以下のこともするな。恥をかくだけだ。
社長はいつも孤独なんだ。さみしがりで臆病だ。
無理な嘘をつこうとする。
リーダーシップを演出しようとする。
そしてそれを当然見抜いている部下がいる。
わかっているけど、そんな社長が好きだ。
社長のためなら、どんな苦しくても頑張れる。
そう言ってくれる部下がいる。
「ココロ」が行き来する会社。
そんな会社を目指します。
現在我々が何も考えず口にしている食べ物も、大昔の誰かが「これ…うんまーっ!いけてる!食べれる!」と見つけた人が必ずいて、それが広まったものであることにきっと間違いがないだろう。
ワサビとかイナゴを最初に食えると思った人に話を聞いてみたい。そしてフグを最初に食べた人を尊敬したい。
そしてまた昔の偉人には逆に、「まっずーー!!こんなもん、食えるかー!!」といって口から吐き出したものもあったろう。
石油やダイヤモンド、溶岩やミイラを最初に食えないと思った人に話を聞いてみたい。
そして金属の金を金箔にしてむりやり食おうと決めた人を尊敬したい。
「ざまぁ見やがれ!」 ざまぁって何だろう。
「ぎゃふんと言わせてやる!」 ぎゃふんと言ってる人を見たことがない。
「おととい来やがれ!」 人は、過去には戻れない。
「目からうろこですよ〜」 目にうろこは無い。
「虫の知らせだったのね」 虫には知らせる能力がない。
「息の根をとめてやる!」 息は植物ではないので、根は無いと思う。
「外国かぶれ」 かぶれは、しない。
「百円、千円、一万円」 なんで万円だけ「一」がつくのだろう。
「ひんしゅくを買う」 どこにも売ってない。
「笑いの渦」 別に渦じゃない。
「社会の窓」 社会じゃないし窓でもない。というかいまどき誰も「社会の窓」とか言ってない。
またヘリクツを書いてしまった。でも外国の方が日本語を覚えるのには相当の苦労を覚悟しなくてはならないだろう。
ちなみに「泊」と「晒」は、昔どこかで意味と漢字が入れ替わってしまったらしい。
「泊まる」のは西に日が沈むからであり、「晒(さら)す」は布などを水にひたして白くする行為である。つまりこの2つは形声文字である。っていうか、入れ替わっちゃだめだろ。何をどうしたら入れ替わるんだろうか。
時間が無いって言ってる人ほど、大して忙しくない。
ダイエットしなきゃ!って言ってる人ほど、スリムで綺麗な人である。
「相談」じゃなくて、単に話を聞いて欲しいだけの場合がほとんどだ。
笑顔の営業マンは、大抵、心は笑っていない。
自慢する人ほど、自慢できるものを持ち合わせていない。
スムーズに電車に乗れたことより、目の前で電車の扉が閉まってしまったことの方が多い。
ため息の数だけ、幸せは逃げていく。
仕事で忙しいとき、時間が速く経過する。
アキレスと亀の話は単なる屁理屈である。
優れた音楽家は、優れたリスナーを自分の内に持っている。
寿司屋で「はまち」と「ぶり」の違いがよくわからない。
グーグルをゴーグルと発音している人が自分の近くに1人以上いる。
エンタの神様には、別に「神様」は出演していない。
河童は実在する。
昔よりガリ勉に対する女の子受けがよくなった。
最近まで名古屋県があると思っていた。
ファーストフードは、ファストフードと和訳されるべきだ。
雨具に進化の余地が無いか考えたことがある。
いまどき「ふとんがふっとんだ」とか言って一人で笑ってる。
そこに「ねこがねこんだ」をかぶせてくる悪友がいる。
自分の部下からのメールに読めない漢字があっても恥ずかしくて聞けずにこっそり調べている。
最近、顔だかおでこだか頭だかわからない部分がある。
「セレブ」って言葉を口に出してみたくてしょうがない。
テレビのチャンネルは「回す」ときっと一生言い続ける。
同じことを思っている人が日本に何人いるか、「日本のスイッチ」で調べたいです。
「ファブリーズ」のCM、なんだか良いですよねぇ。あの独特な感じ。
昔からCMを見るのが結構好きなんですよね。僕。でもCMはやっぱり商品を覚えてもらわないと意味が無いわけで。CMは覚えてるけど、何のCMなのかがわからない本末転倒なCMって結構ありますね。
これは個人的な印象なんだけど、有名人を起用したCMほど、商品名を覚えてない気がする。
記憶をその「有名人」が占めてしまうからなんだろうか。
商品名といえば、「ムシ歯になりやすい人の○○」っていう歯磨き粉があるけど、この商品名は前からスゴイと思ってるんです。何がスゴイかって(ムシ歯を予防する成分はもちろん他の普通の歯磨き粉より入っているんだろうけど)決して商品名に「この歯磨き粉を使うとムシ歯になりにくくなりますよ」という押しまでは感じられない点。
想定しうるクレーム(たとえば「このハミガキで歯を磨いたのにムシ歯になっちまったぞ!どうしてくれるんだ!」などなどの、結局は自分の磨き方が悪いのに歯磨き粉のせいにするたちの悪いクレーム)を暗に抑え込みながら、それでいてムシ歯予防を謳っている。
もし「ムシ歯になりにくいハミガキ」という商品名だと、上のようなクレームにも真摯に対応しなければならなくなるのかもしれない。商品名は重要なのだ。
どんなものでもそうだけど、タイトルやキャッチコピーを注意して見ていると、それを考えた人の思惑だとか、重役参加の商品名決定会議で偉い人から「これじゃダメだ!直せ!」とか言われて何度も直したんだろうな〜って思えるようなものもたくさんあって、結構楽しいのだ。
なぜか今頃PSソフト『街』を初めてやり始めた坂本です。遅っ!
いやー、よく出来てるなぁ。このゲーム。
サウンドノベルでこれ以上のことってできるのかな?
「弟切草」「かまいたちの夜」「かまいたちの夜2」はそれぞれクリアもしたし、サウンドノベルってものを理解してたつもりだったんだけど、確かこの3作にはザッピングは無かった。
その点『街』はサウンドノベルっていうシステムをしゃぶり尽くしてる気がする。
うーん、やっぱりゲームはこうでなくちゃ。
羽生さんが7冠王をとった直後くらいに、羽生さんに直接書いて頂いたサインを事務所に飾っている。
そこには毛筆で「一歩千金」と書いてある。
意味は、「一枚の歩が、時には千枚の金に値するほど大切になることがある」である。
実際に将棋では、どんな強い駒を持ち駒で持っていても、歩が一枚足りなくて負けることが往々にしてある。
そんな「将棋」というゲームが僕は大好きだ。
マラソンと同様、将棋もよく人生の比喩に使われる。相手の王様をしとめるといった単純明快な目的に向かって、頭をフル回転し、決められたリソースを極限まで効率よく駆使して勝つことの醍醐味。
そう、どんなゲームにも「目的」ってのがあるんですよね。だから面白い。つまりは、目的とか目標のない人生ってのはつまんないってことなんだよね。あらためて理解。
「スポーツも仕事の一部だと思え!」と高らかにスローガンを掲げ、どんなに忙しくても通うと決心したはずのスポーツジムなんですが、すっかり足が遠のいて会費だけ支払っている始末。
でも心のどこかで「もうちょっと仕事が落ち着いたら、また通えるようになるかも…」との期待もあって、なかなか解約できないでいる。。。こんな状態が3ヶ月くらいは続いたわけなんだけど。
でもって、さすがに勿体ないということで今日意を決して解約の電話を掛けてみました。
おねいさんの可愛い声がこう答える。
「本日ご解約されますと、来月10日ご解約の扱いとなります。料金は前払い頂いておりますので11月10日までは従来通り施設をご利用いただけます。よろしくお願い致します。ウフッ」
凄い…。今解約しても再来月の10日まで利用できるとは…。
解約して即、施設は利用不可ってことなら、すぐにでも解約しようと思うけど、再来月の10日まで利用できるってのがミソだ。もしかしたらその間に気が変わってしまいやしないか?とか余計な疑念が湧き起こり、ついには「もうちょっと続けてみるか」という気にさせる。
この商売上手!!
曲を作っていて、気が付いたら窓の外が明るくなっている。
午前6時。徹夜してしまった…。
とりあえず、目の前にある物事を終えてからじゃないと布団に入れない性格なので、しょうがない。
ま、それは良いとして、うちのマンションは午前中にゴミ収集のトラックがやってくる。今寝てしまったらゴミ出しなんかのために起きれるはずがない。というわけで、床に就く前の早朝、ゴミの入った袋を抱えて1階のゴミ収集所まで持っていくことにする。
収集所には猫なんかが入らないように小さなドアが付いている。
ゴミを捨てようと思ってそのドアを開けたそのとき…。
ぎゃーーっ!!出たーーー!!
白髪の老婆が立ってる!おばけだーー!!
素で驚いて、持ってたゴミ袋全部投げちゃいました。
よく見ると、もちろん人間。いや、たぶん人間。
きっと一日の時間のサイクルが僕と全く正反対なんだろう。
早起き(?)したことによる出会い。三文の得になったかは定かではないけど、お互い初めてみる顔。
一階に住むそのご老人は、僕に健康的な生活リズムを促すエンジェルに違いない。
それにしても、もうちょっと幽霊っぽくない格好をしていて欲しいなぁ。まぎらわしい。
ちなみに僕は怖がりなので、「本当にそれは人間だったんですか」という質問は一切受け付けません。
どうやら女性の好みは大きく「年上の男性」と「年下の男性」に分かれるらしい。
もちろん同い年が良い!って人もいると思うけど、ここでは省こう。
でもって面白いのが、彼氏の子供っぽい一面を垣間見たときの解釈の違いだ。
年上好みの人は、年上の彼氏が子供っぽいことをしたとき「カワイイ〜」と感じるようである。
逆に年下の彼氏が子供っぽいことをすると「これだからやっぱガキとは付き合えねぇよな〜」と嫌悪する。
年下好みの人は、年上の彼氏が子供っぽいことをしたとき「キモチワルイ」と感じるようである。
逆に年下の彼氏が子供っぽいことをすると「カワイイ!あたしがリードしてア・ゲ・ル!」と上機嫌である。
恋愛というのは奥が深いものですね。
「自分が簡単に耳コピできない曲=自分には作れない曲」が僕の持論だ。
これはかなりの場合において正しいと自信を持っている。
曲を作る場合には、適当に楽器をいじくっていて出会う偶然の旋律や和声を除けば、自分の頭に蓄積されたデータベースに頼るしかない。耳コピできないということは、このデータベースがまだ完全ではないことを意味している。
逆に考えれば、どんな曲でもすぐに耳コピできるようになれば、それはどんな曲でも作れる力を手に入れた、ということである。
ヤバイのは自分は完全に耳コピ出来た気になっていて、でもプロが聞くと全然出来ていない場合である。
カラオケに行くと、ヒドイ精度の楽曲がたくさんある。あえて耳コピが難しそうな曲を何曲か入れてみると、すぐに見つかる。このデータを作った人も、これにOKを出した人も、データベースが不十分だと、歌いながら思う。
作曲家からすれば、耳コピ難度の高い曲を作ることは、ひとつのステータスである。
2004年9月24日
・徹夜をして用意した会社紹介資料。
・そのたくさんの資料を詰め込んだカバンを抱え一人で会場入り。
・もくもくと各メーカーブースを回って頭を下げる。
・そして用意した資料を渡す。
・明らかに嫌悪感を顔に出す人。受け取った資料を捨てるように袋に投げ込む人。
・辛かった。焦っていた。
・会社設立資金は底をつきはじめ、とにかくノイジークロークを知ってもらわなければ、
・そして仕事に結び付けなければ、と必死だった。
・会場を出ると残暑が僕の身体を焼いた。
・大粒の汗と痛む足裏。どんなに目を擦っても澄み渡る明日は見えなかった。
2005年9月16日
・午前10時半。行きの電車で偶然S社Sさんと一緒になる。
・お仕事の話といつものように冗談を言い合い一旦海浜幕張駅でお別れ。
・直後、喫煙所から会場に向かうD社Iさんとバッタリ。
・さらにW社Sさん、Tさん、Yさん、Mさんとも偶然合流。ギャグトークに華を咲かせながら会場入り。
・まずA社Eさん、S社Tさんにご挨拶。「大盛況ですね」「ええ、盛り上がってます」
・一緒におられたKさんとNさんともしばし雑談。
・D社Hさんに電話で連絡し、待ち合わせ。握手を交わす。うちのスタッフを改めて紹介。雑談。
・後ろからD社Tさんに呼び止められる。「もう帰るんですか?」「いえ昼食休憩ですよ」
・昼食中同じレストランにいるM社Kさんを発見。遠くにいたので手を振る。
・会場エントランスでT社Mさんに声を掛けられる。「ひさしぶりー!」「結婚おめでとー!」
・携帯を見ると着信が。再びS社Sさんに会いに行く。改めてスタッフを紹介。
・A社Yさんを見かけたが忙しそうだったのでスルー。
・F社Uさんにご挨拶。お忙しそう。
・フリーライターAさんとバッタリ。「元気ですか?」「相変わらず忙しそうですね」
・B社Yさんから着信。食事の席に割り込みS社Yさんをご紹介頂く。
・会場を出てまたD社Iさん、Oさんとバッタリ。
・ノイジークロークスタッフみんなで寿司を食らう。
少しずつ、何かが変わってきた。
仕事を下さった皆様、ありがとう。
必死に付いてきてくれたスタッフ、ありがとう。
仕事を下さった皆様、これからもよろしくお願いします。
必死に付いてきてくれたスタッフ、これからもよろしくお願いします。
オン・デマンドの時代。便利なはずの時代。しかしそれは個人の自発性に委ねられた危険な時代でもある。
好きなものしか手に入れないとすれば、嫌いなものは自分を通過して知識として留まらない。つまり嫌いである物事を「知る」ということが出来ない危険な時代だ。「嫌い」に相対して「好き」という感覚が初めて芽生えるのだとしたら、「好き」という感覚も薄れてくる。そして感覚の幅が徐々にフラットになってゆく。
仕事がらデジタルオーディオプレイヤーを頻繁に使用する僕も、気が付くと自分好みの曲ばかりを聴いていて愕然とすることがある。
これは盲点だ。便利さは時に人間の大切な部分を失っていくのだ。
ホリエモンは「いずれテレビは無くなる」と言った。ありえない話ではない。しかし個人的にはあくまで受動的に情報を仕入れることも必要だと思う。
こういう仕事をしていると個性的な方々と知り合いになるんだけど、仕事のできる人ってのは、わからないことを「わからない」とあっさり認めて、話に一生懸命耳を傾ける人だってことがわかった。
今日は僕のリスペクトする3名の方とお会いしたけれど、これは3名共に共通するなぁ。
最近テーマが重くなりがちなので、今日は軽やかに、そして爽やかに、品のない話をしようと思う。
シャワートイレを使うとき、未だに僕は怖くて女の子のマークのボタンを押下できずにいる。
「っていうか、押す必要なんかないだろ!」と誰かに突っ込まれるだびに、なおさら押してみたくなる。
これは童話「鶴の恩返し」に似ている。
「決して覗いてはなりませぬ」そう言われると確かに中でどんなことが行われているのか気になるのだ。そういう性(さが)なんだよな。人間って。しかし、意を決して「覗く」という行動に出たおじいさんは偉い。
僕はおじいさんにはなれない。女の子マークを押した時、何が起こるのか。もしかしたら人生が変わるようなカルチャーショックが僕を襲うかもしれない。そう思うと、どうしても押せないのだ。
占いとか、否定する気はまったくないんだけど、なんだか全体的にまとまりが無い気がしている。
例えばさ、「血液型」は大きく分けて4種類。そうそ、「大きく分けて」いるわけ。「星座」も12種類。地球上の人口数を考えたらまだまだ大雑把。
…って、ちょっとまてよ。うちのばあちゃんは「寅年の男は威勢がいいんだわ」って言ってたっけ。「干支」って要素で、ここでまた12種類。「手相」?あー確かに人によってみんな違う。?種類。「姓名判断」苗字と名前それぞれの画数と総画数で計算して…とここでまた?種類。うーん、もう、ごちゃごちゃだ。それ以外にも遺伝とか、生活環境とか、小さい頃のトラウマとか、男か女かとか、老けてるか若いかとか、あたりまえだけど、その「人」自身を決める要素は数限りなくあるわけだよね。つか、もう占いの話じゃなくなってるし。
その人の外的な情報だけで、話す前にどんな人かがわかる時代って来るんだろうか。
男性がスカートをはいたら笑われるのに、女性がズボンをはいても笑われないのは何故なんだろう。これって要するに見慣れてるか見慣れてないかってことだけだと思うんだよね。例えば化粧だってそうだ。男が口紅してたら周囲から笑いが起こる。「笑い」のみなら平和だが、不審な眼差しを向けられるのは忍びない。
「笑い」とは「あたりまえ」を否定されて起こる現象のひとつだ。「あたりまえ」を否定することで、それを受け止めた人の感覚が「笑い」や「感動」「歓喜」「失望」などなどに分岐する。
これを逆の視点で考えると、人を笑わせる手法みたいなものが見えてきやしないかな。
人間は基本的に生きることや子孫を残すことなどにプラスに働くことには多幸感を覚え、マイナスに働くことには苦痛を感じるように出来ている(稀に覚せい剤といった例外もある。だからこういったものは法で厳しく規制される)。では「笑い」は生きることにどうプラスされるのか。どう有益なのか。
まあ、どーでもいいや。いつかわかるだろう。きっと。
たまには音楽のことでも書こうかな。っていうか音楽を仕事にしてるんだったよな、俺。
Beck が好きなんだけど(Jeffじゃないよ。ってJeffも好きだけど)、今年の3月に発売された「Guero」がかなり良い。今頃何言ってるの?なんて思わないでくれ〜。初期のBeckはフォークをベースに演っててこれはこれでかっこいいのだけれど、Pussy Galoreっぽくさらに昇華し、もう「なんでもいいから混ぜちまえ!」ってなノリの「Mellow Gold」「Odelay」あたりで完成を見る。その後のアルバムも好きで全部持ってるけど、やはりこの2枚が好きな僕に「Guero」はストライク。
もともとBeck HansenはおじいちゃんにあたるAl Hansenの影響を強く受けている。昔、原宿で公開された貴重な「Al Hansen展」に足を運んだことがあるが、なるほどね、形態は音楽とアートという違いこそあれ、表現の源は確かに似てるわい。うーん、隔世遺伝ってやつか。なんちゅうか、普通なら捨てちまう物(タバコの吸殻とか板チョコの包み紙とか)を使って、とんでもない物体を作ったりするんだよねぇ、おじいちゃんは。Beckの表現にノイズが欠かせないのはその影響かもしれない。普通なら取り去るものを、あえて残す、って意味では。
ノイズを音楽と認めた時点で、音楽はある意味「飽和」をみた気もする。
音楽の限界点ということでノイズという言葉がうちの会社名に入っているのも、あながち偶然ではないのだ。
「自分一人くらい適当にやってたって、ばれるはずねぇぜ!」から「世の中を変えるには、まず自分が変わらなきゃだめなんじゃん」っていう風に意識が変わってきたと思う。たとえばゴミの分別。タバコのマナー。選挙への参加。ガムの吐き捨て。これは良い兆候なんじゃないだろうか。それだけ圧倒的大多数の中の一人、ではなく、人格としての「個」が芽生え始めてきた証と思う。
おもろい話がある。昔は「ゴミ箱」がない公園が多かった。だから、公園のあちこちに細かいゴミが捨てられ公園は汚くなった。そこで公園にゴミ箱が置かれるようになった。すると、公園外からのゴミも持ち込まれ、ゴミ箱がいつもゴミで溢れ返った。そこで今度はゴミ箱をなくしてみた。これが現代の状態だ。ゴミ箱のない公園は数十年掛けて昔の姿に逆戻りしたけれど、なぜか皆公園にゴミを捨てなくなったのだ。
自分の外側に対して働きかけていくことがこれからは一層大切になるだろうな。きっと。
今日用事で区役所に行ったんですけど、結構年配の職員で仕事してるのかと思いきや、机に座ったまま姿勢良く完全に寝てるオッサンがいました。まぁ、よくこんだけ役人の特権とか優遇措置の問題が最近ニュースになってるってのに、市民にわかってしまうほど目立つように寝なくてもよいだろう。アホ以外の言葉が見つからぬ。業務を効率化(リストラ)すれば税金安くなるだろ、絶対。たのむよ、ほんとに。
昨日はこちらノイジークロークのあるさいたま市の南部では、腰の位置くらいまで道路が冠水して大変なことになっていたらしい。「らしい」というのは昨日は偶然調布の知り合いのお宅にお邪魔していて、夜中戻ってきたときには水は引いており、その被害を実際にこうむったわけではないからだ。線路をまたぐ陸橋の上に無人の乗用車が何台も駐車されてたのは異様な光景だった。おそらく陸橋上って下りるときに、下が一面海のようになっていて立ち往生したのだろう。近所に住んでいる方々は朝から掃除に大忙しのご様子でした。
新橋で生まれて初めて飲みました!それにしても恐るべし、サラリーマンパワー!10センチくらいまで話し手の口元に耳を近づけないと聞こえないほど盛り上がった店内では、さすがにネクタイをハチマキのように頭に巻いた「さんまのからくりTV」みたいな人はいなかったけれども、マイクを持って収録したくなるほど美しい「ガヤ」なのでした。声枯れそー。またチャレンジしましょう!
もう9月?!はやっ!
休憩所でタバコを吸っていたら、セミが顔面に激突してきた。それにしても、何年も地中で生活していたセミが晩年地上に姿を現すのはなんでだろう。地中にいるセミの幼虫たちは、先達が地上へ旅立っていくときに何を思うのか。まだ地上を知らない彼らの目には、まるで天国へ昇華されゆくように映るのか。人に置き換えて考えてみると、もしかして未知の世界は意外と僕たちの身近にあるような気がしてくるのだ。
今夏の高校野球はもう終わってしまったけれど、いつ見ても思うのは優勝のチームも、準優勝のチームも「泣いている」ってことだ。それぞれのチームに片や勝利の女神が微笑み、片や残酷な結果がもたらされるとき、その質は違うかもしれないけれど、選手は泣いている。それほど頑張ったんだよ。素晴らしいことだ。自分も泣けるほど頑張ったことがあるか?と考えてみたけど、ほとんど無くて泣けてくる。
統計論的に、「若者」とは15歳から34歳までを指すそうだ。
僕もまだ若者なんだとわかって今日はなんだか気分がよいな。
85万人もいるんだそうで。大丈夫か日本。で、こういう問題がクローズアップされると必ずゲームとか、ネットとかそういうのが悪者にされるでしょ。違うって。
もっと親がしっかりしろっての。
お金がまったくなけりゃニートにさえなれないんだからね。甘やかして、金あげといて、挙句の果てにゲームのせいにされちゃかなわん。
また行っちゃいました!もちろんカラオケです!せま〜い室内で30代男性3人が大盛り上がりでとても楽しかったのです。世代が近いこともあって、選曲も近しいものがありました。それがまた良かったです。
Sさん、Hさん、また行きましょうね。
ついに「忍道 戒」のオープニングムービーが公開されました。
映像、カッコ良すぎです。ノイジークロークの情報も載っていますので、是非。
アクワイアさんのサイトへもどうぞ。
2日間の通し券で「ゆるキャラショー」に足を運ぶくらい、みうらじゅんさんが好きなのである。
みうらじゅんさんは寒さ知らず、そしてすべり知らず。というよりもすべっているのかどうかすら判別不可能。存在自体「謎」なので、もう見ているだけで自然とニヤニヤしてしまう。そういう個性ってズルい。いや、羨ましい。
気が付けばお腹を抱えるくらいおかしいのに、気が付かず笑い損ねてることが結構世の中にはあるのだねぇ。
みうらじゅんさんを見るたびそう思う。
事務所にCDが溢れている。しかし捨てることができない。CDを捨てるっていう行為が、なんだか自分の仕事を冒涜しているような気持ちになって、捨てることができずにいる。それならMP3か何かにしてパソコンに保管しておけばいいぢゃん、というような声が聞こえてきそうだが、音質的な差があるのと、作品としての(音以外も含めた)CDというものに意味があるので、それも解決にならない。
しかし、そう考えるのは年を取った証拠なのかな。時代をさかのぼればマルチメディアの登場、そしてインターネット、さらにはiPODやデジタルオーディオプレイヤーの登場で、人は好きな音楽を手軽に安価で聴くことができるようになった。音楽に関するアンケートを見ると、音楽を聴く上でもっとも重視するのは「価格」という意見がトップなのだそうだ。明らかに時代が変わった気がするけど、こんな時代の警鐘に対して音楽業界はいまだ明確な答えを出せずにいる。CCCDなんていう「実験」をやってみても、結局はレコードメーカーとリスナーの温度差を感じただけで、進歩に一役買ったわけではない。誰もが納得するような答えを出せたとしたなら、その人はきっと億万長者になるに違いない。
おばけとか幽霊とか、信じないけど怖いので嫌いだ。なのに最近の和製ホラーのCMはうっかり見てしまうことがあるので困る。15秒でも怖いのに、距離でギネスに認定された富士急ハイランドの「超・戦慄迷宮」は所要時間50分となっている。男らしさなんか要らない。胸を張って言おう。僕は怖がりだ(でもうちのスタッフのいとう君の方が怖がりだ)。あぁ、この話題やめよ。
最近の邦楽ヒットチャートをみて、本当にこの人たちは、自分の作りたいものを作ることができているんだろうか、と心配になることがある。もちろん、それが叶っている人は万々歳なわけだけど、なかには聞き手に媚びているのが見え見えの音楽もあるわけで、ちょっとため息。
確かに個性は大事なんだけど、じゃ個性って結局なによ?って考えたとき、実は個性ってのは声質だとか音色だとかそんな上っ面のものではなくて、自己のエゴイズムだと僕は思っている。それを持ち合わせていないのに「アーティスト」って呼ばれているのを見ると、なんだかこっちが恥ずかしくなる。どんな作品もそうだけど、結局「商売」ってことになるとエゴが抑え込まれた丸っこくてやわらかい作品に落ち着いてしまうことが多い。景気も徐々に上向きになってきたようだし、各分野、エゴ作品がもっと世の中に出てくることを期待している夏の夕暮れなんです。ちなみにうちの会社は、お客さんの要望に応えつつ強烈なエゴを混ぜつつ、というスタイルで日々頑張っております。
小説家になるためには本をたくさん読まなければいけない。映画監督になるためには映画をたくさん観なければいけない。あたりまえのことだ。なぜあたりまえかといえば、それだけアイデアの引き出しが増えるから。目的地まで行くのに地図があるのと無いのとでは大違いなのである。
ゲーム音楽家になるためには、ゲームと音楽の両方に高いアンテナを張っておかないといけない。もちろん音楽自体をよくわからない人がゲーム音楽を作ることなど不可能だけど、ゲームのことをよくわかってない人がゲーム音楽を作るということも、本質的には不可能なのだ。要するに、ゲーム音楽家になるためには、ゲームも音楽も「好き」だってことが大前提になる。「ゲームミュージックだったら自分でも作れるかな」とか言ってるゲームをプレイしたこともないような落ち目のミュージシャンとかがいるけど、どうかこちらの世界には来ないで、そのまま落ち続けて行って欲しいものだ。あれ?今日の僕、ちょっと辛口ですか?
午前5時15分。いやー、タクシーから見る朝日って良いもんだなぁ。っていうかすごい眩しいぜ。久々ですよ。朝まで歌い明かすなんて。しかも取引先の方と(爆)。でも楽しかったなぁ。この年になって、ようやくカラオケの楽しさがわかってきたという(笑)。
で、思い出した。今日の朝に歯医者の予約入れてたってこと。いやー初めてですよ、歯削られながら寝そうになったって。落語家のネタじゃないって。
いつもたくさんの刺激をもらっているSさんから新たな刺激を頂いた。映画「MEMENTO」!いやー面白かった。早速ネットで他の人の書いたレビューとか見てみたんだけど、やはりこの映画の斬新な構造についての感想が多い。でも僕が思うに、10分前の記憶を留めておけない主人公を自分にオーバーラップさせるには、自分の10分より前の記憶を消さなきゃなんなくて、それを「映像を見せない」ってことで実現しているこの映画の構造はやはりスゴイと思う。しかし!個人的にはこれは純愛を描いた話だ。と思ってます。書きたいこといっぱいあるけど、これから観る人もいるだろうからやめときます。
小さい頃よく祖母に連れられて浅草の浅草寺に行った。そのあと花やしきにちょっと立ち寄って(当時は入園無料でした)松屋デパートの玩具売り場を見て帰るのがいつものコースだった。松屋の玩具売り場ではたまにプロのマジシャンが来て手品をやっていた。目の前でタバコが消えたり2つのリングがくっついたり離れたりするのを、見破ってやろうと思ってマジマジと見てたけど、どうしてもそのタネがわからなかった。
今日の笑っていいともではプロマジシャンの前田知洋さんがゲストだった。彼のDVDを持っているくらい好きなマジシャンだけど、やっぱり上手いなぁ。そう、彼はテクニシャンなのです。手先の器用さに加えて血のにじむような練習や努力をしてきた風格みたいなものを感じる(よく知りもしないのに偉そうに言ってみた)。
マジックで一番難しいのは、普通っぽさを演じることではないかと思う。お客さんの前に立った瞬間から拍手喝采までがマジック。マジシャンは一時たりとも気を緩めることなく、夢のある嘘をつくためにお客さんの意識を別の方向へといざなう。素晴らしい。
音楽を作る立場として、人を驚かせたり、喜ばせたり、感動させたりするその過程は非常に参考になる。
私の最も好きな推理小説は「殺戮にいたる病」なんですが、これはもう色んな人たちに読んでくれー読んでくれーといって薦めているわけです。エグいのが苦手な人には嫌われる小説かもしれませんが、初めて読み終えたときの瞬間的な衝撃はきっと一生忘れない。デビッド・フィンチャーが好きな人にはオススメ。あんまり薦めると人間性を疑われそうなのでこの辺で。
最近、外からの刺激を受ける機会の多い坂本なのですが、その流れで今日はドラクエ8のコンサートに行ってきました。正直8では、ドラクエ曲の中では珍しいピアノ曲やオルガン曲があって、それをオケでどのように演奏するのかな〜と思っていたのですが、ホールに入ると正面に大きなパイプオルガンが!でもさすがにそれは使わず、重厚なオーケストラアレンジになっていて身震いしました。うーん、さすがすぎやま先生。
公演後に少しだけお話しする機会があり、がっつり握手して頂いて感激。いやーそれにしても元気でお若い!
ある意味、自分の進路を決めた人だから、父親みたいなものです。
I社の社長、井上さんご一家のご招待で行ってまいりました。クイーン三昧のミュージカル!!
いやぁ〜良かったっす。それにしてもステージ上で縦横無尽に踊りながらどうして息も切れずにあそこまで完璧に歌えるのか…。さすがです。世界は広いと実感しました。ストーリーは未来が舞台で、音楽の行く末を案じたアイロニカルなものになってはいるんですが、ありえない話ではないかも…とちょっと怖くなった坂本。会社を経営しながら矛盾しているかもしれませんが、売り上げ至上主義的な、要するに商売としての音楽を大量生産するような会社にはくれぐれもするまい、と気持ちの引き締まった次第であります。
これからも売れる売れないよりも、良質の音楽かどうか、またそれを正しく判断できるだけのキャパシティと知識を持ち合わせていられるよう、自分に甘えずやっていこうと改めて思ったわけなのです。
別のブログでガラにもなく結構「良いこと」を書いたりしていたので、しばらくはそちらからのディレクターズカット的引用をしたみたいと、このように考えております。
すでにご覧頂いていたみなさま、どうぞお許し下さい。
さて、自分たちの作る曲が「ゲーム音楽とは思えないほど、スゴイ曲ですね」と褒められることがたまーにあります。嬉しいけどちょっと複雑な心境なんです。
ゲーム音楽が映画やTV、CMなどの音楽と比べて「格下」感があるのは今に始まったことではありません。
思うに、数音でピコピコ鳴らしていたファミコン時代からの印象のようなものが、世代的に根付いているのではないかと。数音=格下というのもおかしな式なんですが。
最近のゲーム機は表現力が上がったお陰で、他のメディアと比べて遜色のないクオリティを期待できます。
(なんといっても携帯で歌が聴ける時代だもんなぁ)
でもファミコン時代は、数音だからこそのアドバンテージがあったようにも思います。
何しろ音色だけで独創性を出すには限界があったから、メロディの良さとかアレンジの巧妙さをもって他のゲームと差別化を図る必要がありました。制限があったからこそ、それぞれの作品のオリジナリティが光り、名曲と呼ばれるものも数多く誕生したのではないでしょうか。
確かにゲーム音楽はひとつの「ジャンル」として存在していたわけです。
前を向くことにしましょう。
さて、これからのゲーム音楽家に課された命題とはなんだろう、と考えました。
音質の良さを追求すること、でしょうか。いや、それは最終的な音の到達点が人間の耳である以上、CDやDVDから劇的に音質が向上することは、今後も多分ないと思います。
サラウンドに期待すべきでしょうか。うーん…。これも効果としては臨場感を味わえますが、純粋に音楽を聴くという意味ではピントがずれているような気もします。何しろ、誰もがその環境を整えているわけではないし。
きっと、こうなんでしょう。
音楽は技術の進歩に呑まれてはいけないんです。もっと基本的な何かがあるんです。
心動かされるようなメロディを書くことや、それを盛り立てる美しいアレンジを曲に施すこと。
簡単なようで難しいこのことこそが、僕が考えるゲーム音楽家の使命なんです。
僕が子供の頃に聞いたゲーム音楽みたいに、人の人生を変えてしまうほど素晴らしい音楽というものは、実はシンプルなものだったりするんです。
さーて、今日も勉強です。
何となくブログっぽい何かを書いてみようというこの企画。
すでにすべっている気がしないでもないですが、常にオープンな会社を目指している私にとっては、みなさんによりノイジークロークを知っていただくためにも良いツールかなと思ってみたりしています。
最初に宣言しておきます。
この「ブログっぽい何か。」は完全に不定期です。
そしてこれは私の経験からなる予言なのですが、きっとある日突然に無断で終了します。
つまり、まるでそよ風に吹かれ流され行く笹舟よろしく、無責任に気分と運と縁に任せて進んでいくに違いありません。というわけでよろしくお願いします。
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